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ワイン産業のサステナビリティ ボルドーから探る(4)

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住民とブドウ畑が近いボルドー
シャトーの社会的な責任


 シャトー・ラグランジュから帰国した椎名敬一・元副会長に、ボルドーがサスティナブルの先進地域である理由を聞いた。


 「ブドウ畑と住民の距離が近いというのが大きな理由でしょう。学校も病院もブドウ畑のすぐ近くにあります。この薬剤を巻くには学校や病院から、どれだけ離れているべきかというルールも決まっている。1970年代や1980年代は、飛行機で薬剤を散布したこともあると聞きましたが、現在は通用しません。シャトーが認証を取得するのは企業の社会的な責任という通念があり、消費者の意識も高まっています」


 ラグランジュを所有するサントリー・グループにとっても、サスティナビリティは大切なテーマだ。農業の最前線に立つシャトー・ラグランジュは最優先で取り組んできたし、スタッフの意識も高いという。


 HVEのレベル2に相当するテラ・ヴィティスの認証は2005年に取得した。フランスで最も早く二酸化炭素排
出量を測定したワイナリーの1つでもある。シャトーに配送される新樽の包装に、プラスティックのパッケージングを止めたのも2011年と早い。HVEのレベル3は2017年に認証を受け、ISO14001規格も同時取得した。


 ボルドーのシャトーがHVE認証を取得するのは大きな流れだが、その先のオーガニック、ビオディナミに進んで、合成農薬を使用しないとなると、話は違ってくる。2020年5月時点でビオディヴァンからビオディナミ認証を得ているシャトーは17軒にすぎない。


 右岸が多く左岸は少ない。規模の小さな右岸の方が導入しやすいからだ。左岸は規模が大きいので、ビオディナミの導入はオーナーの政治的・経済的な判断が必要となる。


ボルドー液の問題は銅の蓄積
重要なのは環境負荷の低減


 ビオディヴァンの認証を受けるポイヤック5級のシャトー・ポンテ・カネは、2018年の雨でミルデューが広がり、収量が平年の3分の1の10hl/haまで激減した。オーナーのアルフレッド・テスロンテスロンと信念を共有する元技術責任者ジャン・ミシェル・コムは「どこも苦しんだ。我々は化学薬品を使わずに、人の健康と環境を尊重する道を選んだ。今回の経験を次回に役立てる」と語ったが、経済的損失は大きい。


 シャトー・パルメの収量は11hl/haだった。1級のシャトー・ラトゥールはエコセールのビオロジック認証だが、実際にはビオディナミを導入している。雨続きの7月から8月は休日返上でボルドー液を散布した。収量は24hl/haと減少した。


 オーガニックやビオディナミの認証を保持するためには、ミルデューが広がった際にボルドー液を散布するしかない。だが、硫酸銅と石灰を混合したボルドー液は、地中や地下水への影響があり、ECは使用量の削減に踏み切った。


 椎名さんは「完全に農薬を使わないのが難しい以上、重要なのは環境負荷をいかに減らせるかということ。ビオで認められているボルドー液をひんぱんに散布すると土中に銅が蓄積する。それを防げるのなら、薬剤散布という選択肢を否定するのは合理的ではない。もちろん、我々は薬剤の選択と使用量にも厳しく対処している」と語る。


 ラフィット・ロートシルトなど多くのトップシャトーが、オーガニックやビオディナミにトライアルしているのは事実だ。メドックでも最大級の118haの栽培面積を有するラグランジュも2008年、8haからビオディナミの実験を始めて、今は30haにまで広がっている。


太陽光発電で電力を自給自足
醸造用の水を再利用


 規模の大きいボルドーでは、電力や水の使用量も重要な問題となる。ラグランジュが2017年から2018年にか
けて、4棟目の醸造施設を建築した際は、屋根に太陽光パネルを設置した。窓を二重ガラスにし、電力消費を減らしている。サスティナブルの努力は目に見えにくいのだ。


 メドックのシャトーを訪ねた中で、サスティナブルに最も力を入れている1つが、サンテステフ2級のシャトー・モンローズだ。建設、メディア、通信分野を手がける複合企業ブイグを率いるマルタン&オリヴィエのブイグ兄弟は2006年、シャトーを買収し、畑から醸造設備まで巨額の投資を行い、グリーンなシャトー運営に全力を注いでいる。


 ホテルやデパートのバリアフリー化を考えればわかるが、サスティナブルの取り組みは、改装ではなく、最初から設計図に組み込んだ方が、コストが安くあがる。


 モンローズは2007年から7年かけて、リニューアル工事を行う際に、環境対策を織り込んだ。事務所や醸造棟の屋根に述べ1700枚の太陽光パネルを3000平方メートルにわたって設置している。生産用の年間40万キロワットの電力をすべてカバーしている。


 地下100メートルから地下水を汲み上げて、15度で温度が一定した水を利用し、熱交換器で温度を変えて、建物の空調やステンレス製発酵槽の温度管理に役立てている。水はワイン造りで最も使われる自然資源だ。ここでは、醸造用の水を再利用できる浄化設備も備える。


 醸造施設では、発酵中に発生する二酸化炭素をタンクに設置されたパイプを用いてつかまえ、重曹などの重炭酸塩を作り、濾過してこれを乾燥させ、タンクの洗浄や、化粧品や医薬品に再利用している。これは、二酸化炭素排出量を削減する取り組みの一つだ。


 ラトゥールやポンテ・カネなど、ボルドーの畑で馬を見かけるのは珍しくなくなった。フランスのワイン生産者の3%が馬を利用しているというデータもある。サービス提供業者のコストは1時間あたり85ユーロだという。


 だが、モンローズの畑を耕しているのは電動トラクターだ。化石燃料で走る従来型のトラクターより20%軽く、土を踏み固めない。シャトー・ムートン・ロートシルトではAIで畑を自走して除草などの作業を行う電動栽培ロボットも見た。


 こうした機器は電気自動車と同様に、経験から学習して作業を改善できる。資本力のある生産者は、過去のデータを活かせる効率的な機器を使うのをためらわない。


サスティナビリティは個人の努力から


 ボルドーの先端的な事例ばかり紹介していると、ワイン産業におけるサスティナビリティはコストばかりかかって、リソースに乏しい生産者には無理ではないかという疑問を持つ人もいるかもしれない。


 そういう側面もあるが、それはワイン産業がそれだけグローバルに拡大し、効率化を求めて発展してきたからだ。どこかのワイン雑誌で、ブルゴーニュの白ワインの名手ドミニク・ラフォンの娘レアが、気候変動を防ぐために、車でエアコンを使わないようにしているというエピソードを読んだ。


 サステイナブルの第一歩はそこから始まる。将来の地球のために何ができるか。それはワインにかかわらず、現代を生きるすべての人間が考えるべき課題である。

シャトー・ラグランジュの椎名敬一・元副会長
ビオディナミにトライするシャトー・ラグランジュの区画
2018年の雨で発生したミルデュー (c)シャトー・ラグランジュ
シャトー・モンローズの太陽光パネル
自走する除草ロボット

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