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カナリア諸島のテネリフェ島は、北と南で全く違う顔がある。
プロペラ機で北の飛行場に降り立った時、緑あふれるその風景に驚いた。所々に熱帯性の植物が生い茂り、特産のケープタウンアサガオが所狭しと咲き誇っている。ランサローテ島のように、照りつける太陽熱を室内に入れないための白塗りの家屋はあまり無く、カラフルな色調の街並みが緑の中に同居している。
しかしながら数日して、島の南方に赴くと、暑く乾いた風土で、住人はわずかだった。わずかなサボテンやクレイニア・ネリイフォリアといった乾燥植物しか生えない不毛な一帯が広がっている。
島の北と南で全く異なる顔
気候の差と標高の影響
一つの島でも南北で気候が違う理由は、中心に鎮座するテイデ火山の影響によるものである。
テネリフェ島は、アフリカ大陸から約300kmの距離に位置する。東にランサローテ島、フエルテベントゥラ島、グラン・カナリア島を、西にラ・パルマ島、ゴメラ島、エル・イエロ島に囲まれる。諸島の中で最も大きな面積(2034平方km)を持ち、人口も多い。
この島のワインを理解するための重要なポイントは、南北の気候の差と、標高の与える影響である。
一般的なワイン用ブドウの生育に相応しいとされる緯度30-50度から外れた北緯28度に位置するテネリフェ島は、サハラ砂漠に近い位置関係からも理解できるように、非常に温暖で乾燥している。
年間平均気温は21.5度で特に7-8月は29-30度に達し、1-3月でも15-16度である。降水量は非常に少ないが、北東からの貿易風が雨雲を運ぶ。その貿易風は、テイデ山の手前の標高1500mの地点でせき止められ、北部の降雨量を上げる。
「たとえ雨が降らなくても、夏の間のラ・オロタヴァの周りは湿気を持った霧が多く発生する」という。だから、この島では北は熱帯雨林のように緑が生い茂る一方で、南部は乾燥植物だけの砂漠地帯というコントラストが生まれるのだ。
標高差も重要で、海抜 0-300mの海岸地帯は非常に乾燥していて、特産のバナナやジャガイモを育てるビニールハウスが広がっているばかりで、ブドウ栽培に適していない。特に雨雲を堰き止める山岳地帯のない南部の場合、ほとんど雨が降らない。
300-600mの中山間地では貿易風(アリシオス)の影響を受け始め、気温は下がり、降水量が増える。ブドウに吹き付ける潮風は、ナトリウム量を増加させ、ワインの味わいに塩味を与えるという。
1000m以上の山岳地帯は、より大陸性気候となり、夏冬の寒暖差が大きくなる。さらに、1500m級の山頂付近では、温暖で乾燥した北西からの貿易風の影響を受けるため、ブドウ栽培は少なくなる。しかし、そのような場所でも畑は細々と点在していて、ヨーロッパ最高標高の産地として知られている。
加えて、テネリフェ島はその総面積の割に、標高差が大きいのが特徴である。私が滞在したラ・オロタヴァ村などは、山地の中腹に位置しているために村内でも高低差がかなりある。非常に急な斜面に上下して所狭しと家屋が立ち並んでいた。だから、ブドウも例外ではなく、急斜面に植えられていることが多い。
5つに分かれるアペレーション
テネリフェ島のアペレーション(Denominación de Origen, D.O.)は、5つに分かれている。これは、他の島々が個々のD.O. を持つのと違って、地区ごとに強い個性と特徴的な味わいが細分化されている。この島の地質的多様性を物語っている。
Ycoden-Daute-Isora(イコデン・ダウテ・イソラ)
島の北西部から北部に位置する。最も湿気の多いエリア。ローカル品種の白ブドウ、リスタン・ブランコで有名。
Valle de la Orotava(バリェ・デ・ラ・オロタヴァ)
島の北部の非常に急斜面の峡谷で、標高差が激しく、海抜200-900mの急な斜面に沿ってブドウが植えらている。この起伏に富んだ地形に適応するようにして、この産地でしか見られないブドウの剪定法「コルドン・トレンサード Cordon Trenzardo」が生み出された。リスタン・ブランコで有名で、その他に黒ブドウのリスタン・ネグロも植えられている。全体で島の9%の生産量。
Tacoronte-Acentejo(タコロンテ・アセンテホ)
島の北東部で、ラ・オロタヴァから中心都市のサンタ・クルースまで続く比較的広い、北向き斜面の畑である。非常に起伏の富んだ斜面で、生産者たちは最大標高1000mまでの場所にテラス状に畑を形作っている。カナリア諸島最大の生産量を誇り、主にテーブルワインが造られる。リスタン・ネグロ、ネグラモールなどの固有品種からの赤ワインが有名で、全体の8割を占める。
Valle de Guimar(バリェ・デ・グイマール)
島の東部で、アボナとの境をグイマール山が隔てる南東向きの斜面。標高500-1500mの差によって、ワインの味わいの違いに影響を与える。全体の8割をリスタン・ブランコ、グアル、マルヴァジアなどの白ブドウから作られる。
Abona(アボナ)
グイマール山の南から、コスタ・アデヘまでの島の南半分の7つの村落を要する潜在的畑面積の最大生産地。最も乾燥したエリアで、標高300mから始まるが、テイデ山に近い畑はヨーロッパで最も高い1700mに位置する。このD.O.で作られるワインは、トロピカルフルーツやアーモンドの花のフレーバーで知られる。
今回の滞在で3軒のワイナリーを訪れて、この島のワインの魅力に触れる機会を得た。
カナリア諸島を代表するスエルテ・デル・マルケス(Suerte del Marqués)
ラ・オロタヴァのスエルテ・デル・マルケス(Suerte del Marqués)は、2006年設立と比較的まだ新しいものの、カナリア諸島を代表するワイナリーである。
ワイナリーは、標高700mの高台に位置する。正門からセラーのある場所まで約300mほど登らなければならない。非常に急な北向き斜面に沿って、長く仕立てをされたブドウの木が並び、眼下には真っ青な大西洋が広がっている。
当主ジョナタン・ガルシア(Jonatan Garcia)に畑を案内してもらった。父の代はブドウを売って生計を立てていたが、その時からずっと伝統的なコルドン・トレンサードの畑を守り続けてきた。だからこそ、この仕立てには並々ならない思い入れがある。この非常に風変わりな剪定方法は、私的にはシャンパーニュのタイユ・シャブリを想起させる。
ただ、フランスのそれよりは大変長く伸びてはいる。ロープ状に長く水平方向に伸ばしたアームに長梢の芽を複数つける。大変長いそのワームは、平均でも3-4m、水平方向に左右対称に伸ばせば長い場所で15m以上にも達する。最終的にブドウの木は1haあたり、400樹ほどにしかならない。 機械化できないので、畑仕事はすべて手作業で行う必要がある。
自社畑はワイナリーの周りに11haあり、さらに17haを契約農家から購入している。敷地内の畑は、大きく2つの区画に分かれ、西側の痩せた土壌にはリスタン・ブランコが植えられ、東側の肥沃な土壌にはリスタン・ネグロが植えられている。
さらに標高差や樹齢・傾斜角度によって、22の細かなブロックに別れていて、樹齢80-100年を越える大変古い木々も所有している。全てのブドウは、台木なしの自根である。
「今もカナリア諸島のブドウ畑は100%自根だよ。ただよく言われているように、フィロキセラが住み着かなかったのは砂土壌が多かったことが理由ではない。ここは実際のところ、粘土質の土壌の場所も多い。ただ単に外界と隔絶していたからであり、将来的にフィロキセラが入ってくる可能性はある」と、警戒は怠っていない。
有機農法を実践しているが、認証は敢えて取らない。「認証あるビオでやると、剪定のタイミングをビオ・カレンダーに従わなければならず、時間がかかりすぎる」と言う。うどん粉病対策にSO2をまくだけで、そもそもべと病は少なく、エスカも発症しないそうだ。
醸造は自然酵母のみを使用することを最も重視する。「私にとっては酵母もテロワールの一部だ」と強く語る。白ワインは全て樽を使用(発酵と醸造)し、赤ワインはコンクリートタンクで発酵後、樽で熟成する。
カーヴには結構な量のステンレスタンクもあるが、それらはすべてブレンド用に使う。醸造は最低11か月。清潔に保たれたカーヴによる醸造は、彼の望む大地のテロワールに即した「還元的」アロマをキープすることに役立っている。
彼の白ワインは、基本的にリスタン・ブランコから作られる。スタンダードの「トレンサード Trenzado 2022」は、クリーンな酸味とフレッシュ感が持ち味。「ヴィドニア Vidonia 2022」は還元香と潮味の旨味の強さを前面に出した傑作。リスタン(パロミノ)は、シャルドネと並ぶ樽熟成に相応しい品種であると再認識した。
赤ワインはリスタン・ネグロ主体で、スパイシーかつ、赤果実と還元香の入り混じった個性的なワインを作っている。ブルゴーニュのように区画ごとにキュヴェを造っていて、ピノ・ノワールと間違えそうなほど繊細な個性を持ったスタイルのものもある。
2009ヴィンテージのスタンダードキュヴェは、大変良い熟成を経てキノコやジロール茸、シガーボックスの香りを出していて、熟成のポテンシャルを感じた。
テネリフェ島のワイン全般にいえることだが、これほど温暖な産地のわりには、いずれもアルコールが11-13%内で収まっているので、重すぎず、今日世界的に求められるワインのニーズに合っているとも感じた。
Text&Photo 染谷文平
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