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海と山の恵みのテネリフェ島、火山性土壌の還元香について考える(下)

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ガレージワイナリーの「ティエラ・フンディダ」

 

 北空港に近いロス・バルディオス村のガレージワイナリー、「ティエラ・フンディダ」(Tierra Fundida Vinos en Tándem) を訪問した。


 ブドウ栽培のガブリエル・モラレス(Gabriel Morales)と、ロレート・パンコルボ(Loreto Pancorbo)のカップルによって2017年から始まった。タコロンテに4haを主に赤ワイン、ラ・オロタヴァに3haのブドウ畑を所有し、チームは5人で、他のワイナリーのコンサルティングも行う。


 寡黙で誠実なガブリエルに、タコロンテの畑に連れて行ってもらった。彼はテネリフェ島とグラン・カナリア島で研修したあと、祖母から畑を相続した。


 植樹密度2600本のダブル・コルドンの畑で、認証はないものの有機的アプローチを採っている。最上の区画は牛を使って耕し、畑にまく銅も硫黄を量は少ない。野生のローズマリーや、アロエやシナモンなどの香草を使うプレパラシオンを、灌漑用水に混ぜてまく。湿度の高い夏の時期には、特にシナモンがベト病に効くと言う。


 ただ近年、彼らの畑は大きな問題を抱えていた。「温暖化の影響の所為で、11月なのにブドウが芽吹きをし始めてしまっている区画がある」と彼は嘆く。


 実際ここは冬が温暖であるため、そもそも葡萄が冬眠するために十分な温度条件ではない。ヴェトナムやインド、ブラジル、沖縄などのように二期作が行われれば、収量は上がるかもしれないが、品質には疑問が残る。地球温暖化の弊害が、この産地を脅かしている。


 ワイン醸造を担当するのは、リオハ出身で、現在マスター・オブ・ワイン候補生に名を連ねるロレート。彼女は、知的で何処かラルー-ビーズ・ルロワを思わせる。


 小さなカーヴに入ると一際目を引くのが、それぞれの醸造用の樽の上に飾られた音楽アーティストの写真である。ワインの味わいに応じて、ビートルズやブロンディ、エラ・メア・モルス、ザ・デトロイト・コブラス、フランス・ギャルら往年の名ロッカーのアルバムを並べている。「音楽とワインの関係性にも興味があります」と。


 ワイン哲学は低介入主義であり、マロラクティックも自然任せで、亜硫酸添加の有無も年に応じて変える。


 「機械は極力使いません。ここにある電力は基本的に家庭用のものしかありません。だから除梗も、圧搾も、瓶詰めも手で行うのですよ」と言うのには驚いた。

 

 この規模のワイナリーならば無駄な電力消費を必要とせず、環境負荷も少ないという。


 試飲した醸造中のワインはどれも多彩な個性を持っていた。ジューシーなコンクリート発酵のリスタン・ブランコ、樽発酵のリスタン・ブランコ、ヴィハリエゴ・ネグロとグアルのフレッシュなロゼ、酸味の高いアルビロ、スパイシーなリスタン・ネグロ、ボディのあるネグラモール。そして、それぞれの品種と地域ごとに彼女が選ぶイメージのロッカーたちの個性を、毎年ブレンドして一つの作品としてクリエイトする。


 だから、毎年異なったスタイルのワインが生まれる。瓶詰めされた2022年ヴィンテージのものはいずれも、唯一無二の島の個性に溢れ、肉厚で香り高く、余韻の長い素晴らしいワインであった。


 「試しにアンフォラを使ってみたけど、ここは温暖すぎて思ったほど上手くいかず酸化的になった」と言うように、この島に相応しいワイン作りのあり方を今一度模索しながらワイン作りを行っている。
 

 D.O.アボナのあるテネリフェ南部の沿岸地域は乾燥しすぎていて、ワインは主にロモス(Lomos)と呼ばれる小高い丘陵地帯で生産される。乾燥植物のみ生える起伏ある斜面に沿って、古い時代に作られた小さな水道橋が果てしなく伸びている。貴重な雨水を農作物に灌漑するために、北部から南部まで運ぶために築かれた。


 さらに、ランサローテ島のように火山砂をマルチとして使用したり(ここではジャブルと呼ばれる)、風避けのために火山岩を畑の周りに敷き詰めて塀(ソコ)を作っている畑も見られた。厳しい環境に対応した、古代人の努力の痕が垣間見れる。起伏に富んだ斜面の産地は、機械化が難しく、生産性に乏しいため、ワイン作りは大きな資本を要求する。だからこそ、大きな協同組合がD.O.の中核を担っている。


ヨーロッパで最も標高の高いテイデ山


 3つある協同組合の中でも最大規模の、アボナ協同組合(Cumbre de Abona)を訪れた。1988年に設立され、アボナ中の約800の農家からブドウを購入している。中でもヨーロッパで最も標高の高い、テイデ山に近いヴィラフロールのブドウ栽培家が多いという。


 「標高が低い場所は夏と冬の寒暖差がほとんどないのに対し、高い場所では冬は寒く雪も降る」ということなので、冬の間にブドウはしっかりと冬眠するできる環境が整っているというわけだ。


 使用品種は、リスタン・ブランコ、リスタン・ネグロ、マルバシア・アロマティカ、モスカテル、マルマフエロなどである。試飲した印象では、マルバシア・アロマティカが生産地の適応性を感じて、際立ったアロマを持っているように感じた。


 しかし、実際のところ、リスタン・ブランコの方が多く植えられている。この品種は病気耐性が強く育てるのが楽だというのが主な理由であった。さらにイスラス・カナリアス(Islas Canarias D.O.P.)名義でもワインが多く造られいた。よりよく国際マーケットにアピールする名目で、2012年に新たに新設されたものである。


 国際品種を含む、2000種のブドウが認可され、7つの島のブドウをブレンドすることも可能である。聞き馴染みのない「アボナ」などのD.O.名よりも、「カナリア」という文字が入っていた方が、ワインが売れるからであるという。


火山性土壌は還元香のニュアンスを与える


 「火山性土壌は、ワインに還元香のニュアンスを与える」


 スエルト・デル・マルケスのジョナタン・ガルシアは強く主張する。また同じく高い評価を受けるエンヴィナテのロベルト・サンタナも「いわゆる他の生産地の還元香(リダクション)とは違う、火山由来のアロマがある」と述べている。


 ティエラ・フンディダのロレートは、「全く同じように造っているのに、タコロンテよりもラ・オロタヴァのワインの方が還元香が出やすい」と語る。


 この島の還元香の発生メカニズムについて、いつか論文を書くつもりだと言う彼女は、火山性土壌がワインの味わいを大きく特徴的なものにしていると信じている。

 

 一般的に還元香とは、硫黄を思わせるアロマの一つだ。マッチを擦った時の香り、煙、玉ねぎ、腐った卵、腐ったキャベツと表現される香りで、昔から醸造学的な欠陥としてみなされてきた。


 発酵過程に窒素分が不足すると酵母がストレスを受け、揮発性硫黄化合物(VSC)を生成することで生まれる。もしくは、不純な澱が熟成期間中にも生成することがあり、さらにスクリューキャップなどの非酸化的状態に置かれた瓶内で還元香が発生することもある。


 だから、還元的なアロマはもちろん、どんな産地でも発生しうる。しかしながら、ここで問題となるのは火山岩土壌のワインが常に還元的になりやすい点についてである。


 火山性土壌が、他と違う香りを与えると言っているのは何もこの島の人間ばかりでもない。カリフォルニアの地質学者のブレンナ・クイグリーやアルザスのオリヴィエ・ウンブレヒトは、真の活火山の上かそのすぐ近くにある場所では独特なスモーキーな香りを出だすと主張している。


 同じく火山性土壌であるイタリア・ウンブリアとシチリア島、ギリシア・サントリーニ島、ドイツ・バーデンのカイザーストゥール南部、フランス・アルザスの特級ランゲン、ロワール上流のコート・ド・フォレなどで生まれるワインには自然と強い還元香が現れるというレポートが散見される。


 私自身、最近試飲したアシルティコ品種は、ペロポネソス半島では単調なレモンの香りのみだったのに、サントリーニ島の火山性土壌の元では、リースリングと間違えそうなオイリーな硫黄系アロマがありコントラストが際立っていたことに驚いた。


 フランスのコート・ドーヴェルニュの生産者たちのグループ・ヴィノラ(Vinora)は、ジョン・サーボMSらの協力をもとに火山性土壌で生まれるワインについての研究レポートを出している。


 「強烈なペッパーの香り、そして塩分とスモーキーな香りを持ち、酸味はやや少なくなり、フレッシュな香りをもつ性質がある」とあり、2024年からEUワインに「Origine Volcanique(火山性土壌起源)」というラベル表示を可能にする運動に取り組んでいる。火山性土壌で生まれるワインには、他の土壌とは違う個性が生まれるという意識と需要が広がっていることを感じられる。


 ただし、この火山性土壌下における還元的ワインのアロマの発生について、確たる研究はいまだに進んでいるわけでない。そもそも土壌の種類によって、ワインの味わいのミネラルの香りが変化するという考え方は、ここ数年の研究で否定されつつある。


 ブドウが吸収するのは、ミネラルそのものではなく、ミネラル成分をイオンの形として吸収するから、ワインの中に残った無機ミネラルの割合は0.2%に過ぎず、人間の閾値で感じ取れないのだ。この論調を信じるならば、土壌の性質が変わっただけで、大多数の人が検知可能な特殊なアロマの差異が発生することなどありえない。
 

硫黄成分を多く含む土壌がもたらす窒素不足


 一つ考えられる可能性としては、多量の硫黄成分に含まれた土壌における窒素供給不足から来ているのかもしれない。


 というのは、実際にテネリフェ島の土壌に硫黄成分がたくさん含まれているからである。標高3718mのテイデ山頂近くまで登ると、強い温泉のような硫黄の香りが立ち込めている場所がある。


 山脈にせき止められた雲の降らせる雨が地面に浸透し、マグマ溜まりまで達した水分が、85度になると硫黄成分を含んだまま噴気孔から蒸散される。活火山のふもとにあるブドウ畑には、硫黄成分が多く地中に含まれているのは、このようなメカニズムである。


 そもそも植物の根が吸収できる17元素中、硫黄は最も重要な多量必須元素の1つに数えられる。硫黄自体はすべての生物を形作るタンパク質に含まれる。その硫黄が土壌中に過剰に含まれていても、植物の成長を阻害することはない。だが、過剰になると土壌は酸性化し、窒素の吸収は阻害される。そして醸造中に、ブドウ果汁の中の窒素分(特にアミノ酸)が不足すると、酵母の代謝が変化し、硫黄を含むアミノ酸の分解が発生する。


 この過程で揮発性硫黄化合物が生成され、特に硫化水素の場合は大変強い「腐った卵」の香りをワインに与えてしまう。つまり、還元的アロマの発生プロセスに起因するのは、硫黄が多いからと言うより、発酵中の窒素分が少ないからなのかもしれない。


 もしもそれが直接の原因ならば、発酵中にマスト内の窒素レベルをチェックして酵母に栄養素である窒素を補充する方法を採用すれば、この還元香は解消する。


 ジェイミー・グッドのようなワインライターは、「人為的にワイン生成を進める介入主義者たちとは違って、ジョナタン・ガルシアはセラーで何か特別なことをしたいわけではない。そうであるなら、どちらがテロワールを尊重した表現をしていると言えるのか?」とスエルト・デル・マルケスのワイン造りを支持する。


 一般的に還元香がネガティブなニュアンスと見做されているように、この島のワインの「還元的」ニュアンスは、飲み手を選ぶ。特にラ・オロタヴァやイコデン・ダウテ・イソラ産のワインからは大変強いアロマがある。硫黄由来の香りは「有害ガス」や「腐敗」と関連しているが故に、これが万人に好まれない可能性は大いにあり得る。


欠陥と高品質の感じ方は紙一重


 ただ少量の還元的ニュアンスがワインの味わいに深みと複雑さをもたらすとして研究が進んでいるのも事実である。ジャンシス・ロビンソンが「ブルゴーニュの最も偉大な生産者であるコシュ・デュリやルフレーヴの味わいは還元香からもたらされる」と言っているように、還元香に由来する「擦ったマッチ」のニュアンスは、実は高品質とは無関係ではない。むしろ、欠陥と高品質の感じ方は紙一重である。


 アカデミックな定義による醸造学的な欠陥と、テロワール主義の主張はしばしば食い違うものである。


 「私は別に醸造学校を出たわけではない。ポルトガルのディルク・ニーポートの下でワインの造り方を学んだだけだ。学校は工業的なワインを生むのには向いているけど、高い品質を生むことを教えてはくれない」とジョナタンが言っていたことが強く印象に残った。
 

Text&Photo 染谷文平

基本的に日常デイリーワインが多く作られる、タコロンテのイメージを覆すピュアなワインを作り続けるティエラ・フンディダのロレートとガブリエルの2人
ティエラ・フンディダのカーヴは大変小さい。コンクリートタンクと、アンフォラ、225L樽、600L樽それぞれに、ロレートの感性によって選んだアルバムの写真が飾られる
ティエラ・フンディダのタコロンテ・アセンテホの畑。最良の畑だというロス・マルケセス。奥の区画に見える薄黄緑の葉は冬の間に芽吹きしたもの。「昔はもっと雨がちだったが、温暖化の影響で雨が少なくなってきている。灌漑が必要になってきている」と
島を覆うのは、火山起源のバサルトとアンドソル土壌。ただし、火山岩にも種類があり、より活火山に近い方が、硫黄成分を豊富に含む
アボナ内の水道橋。石造りの他にも、カナリア杉を使った伝統的なものも存在するそうだ
島の東側。バリェ・デ・グイマールの畑。非常に強い日差しによってブドウが焼け付いている。標高の高い急斜面に対応してテラスを設けている

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