海浜食堂とヴィクトリア・トーレスの白ワイン……カナリア諸島探訪（5）

　カナリア諸島の食もまた自然の産物だ。ワインは火山灰土壌が育て、料理の素材は大西洋がもたらす。

　5日間滞在したテネリフェ島のカンデラリア。海辺に面したこの街で、同じレストランに3回も通った。スペインやイタリアの港町によくある食堂だ。朝に揚がった魚介を、オリーブオイルで炒めたり、鉄板焼きにしたり、揚げたり……日本の市場の食堂では、刺し身や焼き物と醤油のコンビが尊ばれるが、スペインではすべからくオリーブオイルがベースにある。

　何を注文してもうまい。しかも安い。

　メニューはわかりやすい。1つの素材を、サラダ、マリネ、鉄板焼、フライなどの調理法で供する。

　毎回頼んだのが、小さな貝ベルベレッチョ（berberechos）のオリーブオイル炒め。潮の風味があって、大西洋のうまみがぎゅっと詰まっている。5分でビールジョッキが空く。グツグツと煮えるオイルの中で、プリッとした肉厚のガンバスが踊るアヒージョ。タコは茹でても、フリットでも、弾力に富むしなやかな肉感があり、噛みしめると海の滋味が染み出す。

　カリッと揚げたイカやガンバスは、粗塩をふっただけなのに、どうしてこんなにおいしいのか。新鮮な素材をシンプルに調理する切れ味は別物だ。注文すると、5分で料理がやってくる。最後は、タチウオやカマスなど釣り上げたばかりの巨大な魚のロースト。淡白なうまみと、澄んだ脂が皿の上にあふれている。

　どの皿も10ユーロ前後。6人で10皿以上頼んで、ビールをしこたま飲んでも、1人2000-3000円。夢のようなこの食堂の名前は「ラ・コフラディア・デ・カレティジャス」（La Cofradia de Caletillas）という。

　テネリフェ島南西部のリッツ・カールトンには、マルティン・ベラサテギが監修するレストラン「M.B」がある。お値段は10倍するが、海浜食堂のおいしさは別物だった。M.Bのワインリストにはエンビナテ（ENVINATE）やスエルテス・デル・マルケス（Suertes del Marques）、ヤノス・ネグロス（Llanos Negros）、プロ・ロフェ（Puro Rofe）ら、今回の特集で紹介したビッグネームが載っていた。

　ラ・コフラディア・デ・カレティジャスはもっぱら、ビールだったが、最終日に訪問がかなわなかったパルマ島のヴィクトリア・トーレスのワインを持ち込んだ。

　栽培農家の5代目ヴィクトリア・トーレスはパルマ島南部のテネギア火山麓フエンカリエンテにワイナリーを構える。1855年から使う松の木製のラガールを復活させ、圧搾している。栗や古いオーク樽も使う。2009年からワイナリーに参画し、2014年に亡くなった父の後を継いだ。ワイン造りは父から学び、エンビナテやボルハ・ペレスら若手生産者と情報交換し、パルマのワインを世界に発信している。

　オーガニックの畑仕事も手掛け、伝統的な醸造手法を復活させている。マルバシア、リスタン・ブランコ、ディエゴ（ビハリエゴ・ブランコ）、ネグラモルのほか、リスタン・ブリエト（パイス）も栽培している。亜硫酸添加は少なく40mg/l以下。パルマの十数軒の生産者から唯一、海外に輸出している。

　「ヴィクトリア・トーレス・ペシス　アルビージョ・クリオジョ　ピエサス　n2　2016」（Victoria Torres Pecis Albillo Criollo Piezas ｎ2 2016）は、本土のマドリード周辺やリベラ・デル・ドゥエロで栽培されるアルビージョとは異なる品種。島北東部の標高1200m斜面で株仕立てで栽培。ステンレスタンクで醸造する。ライムの皮、柑橘、新芽、ドライハーブ、クリーンで、活力があり、ほろ苦い。ジューシーな酸、ミネラル感に富む味わい、塩気を帯びた正確なフィニッシュ。2600本生産。91点。

　「ヴィクトリア・トーレス・ペシス　シン・ティトゥロ　LB　2015」（Victoria Torres Pecis Sin Titulo LB 2015）は1200本生産の実験的なキュヴェ。深い黄金の色調を帯びた、リスタン・ブランコのオレンジワイン。フリンティで、クラッシュしたリンゴ、柑橘、緑茶、チョーキーな酸、シルキーで、ヨード、グリルしたハーブ。スモーキーで、活き活きした酸、ハーモニアスなフィニッシュ。バランスのとれた味わい。92点。

　いずれのキュヴェも、きれいな塩気を帯びていて、シーフードとの相性は抜群だった。

 

　輸入元はBMO。