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成長する大英帝国のスパークリングワイン

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ヴィノテーク2009年12月号掲載

 地球温暖化には功罪がある。
 フランスの有名シェフ、ソムリエや生産者らは、2009年8月、温暖化対策を政府に求める声明をル・モンド紙に掲載した。今のままでは、テロワールが今世紀末までに生き残れないという危機感からである。一方で、冷涼な産地にとっては、ブドウが完熟するという利点がある。その恩恵を最も受けたのがイギリスだろう。2009年になって、様々な動きが出て、「イングリッシュ・ワイン」が改めて注目を集めている。
 「アクサ・ミレジム」の社長クリスチャン・シーリーは、個人プロジェクトとして、ハンプシャー州でスパークリングワイン生産に乗り出す。8・5ヘクタールの畑でピノ・ノワールとシャルドネを半々で栽培。2011年までの発売を目指すという。ピション・バロンやスデュイローなど一流シャトーを傘下に抱える、フランスの大手企業グループのトップが、イギリス産ワインの可能性に着目した意味は大きい。
 ワイン評論家のスティーヴン・スパリュアも、ドーセット州で葡萄栽培を始めた。デカンター誌のコラムによると、シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエから、ブラン・ド・ブランやブレンドのスパークリングを造る計画だ。リリースは2015年。妻も畑仕事を手伝い、その様子をブログにつづっている。スパリュアは「人生の晩年期にワインを造るのがいいアイデアのように思えた」と述べている。
 大手企業も目をつけている。高級スーパー「ウェイトローズ」は、スパークリングワインの生産を目指して、ハンプシャーでブドウ栽培をスタートした。本家のシャンパーニュのメゾンも可能性に注目している。ルイ・ロデレールのフレデリック・ルゾー社長は、既に現地を視察した。デュヴァル・ルロワも関心を示している。
 イングリッシュ・ワインの優良な産地は南部に集中している。ハンプシャー、ケント、イースト&ウエスト・サセックス州などが代表だ。ドーバー海峡を隔てたイギリス南部はシャンパーニュやシャブリと共通するキンメリジャン土壌が広がっている。その上、地球温暖化によって、葡萄が熟しやすくなった。イギリスのステファン・スケルトンMWによると、1989年から2009年までの20年間で、気温が30度以上に達した平均日数は年間3・5日。1952年から1988年までの期間より倍増した。2003年のような猛暑の年は、イギリスにはちょうど良かったわけだ。そのおかげで、シャルドネやピノ・ノワールが植えられるようになった。
 イギリスのワイン産業が活発化したのは1990年代に入ってから。1970年代は、ドイツの甘口スタイルの白ワインが細々と生産されていた。主要品種は、セイバル・ブラン、ライヒェンシュタイナー、ミュラー・トゥルガルなど。これらはいまだに、最も多く栽培されている。国際品種に光が当たったのは、気候の変動だけでなく、市場の変化もあるだろう。オーストラリア、南アメリカなど新世界のワインが輸入されるようになって、フランスワイン至上主義が崩壊し、多彩なワインを認める余裕が生まれた。ワイン評論と取り引きでは、世界をリードしてきたイギリス人は、ガーデニング好きなお国柄でもある。自然条件が整えば、本格的なワイン生産に乗り出すのは時代の問題だったと言えよう。
 イギリスのワイン生産者団体「イングリッシュ・ワイン・プロデューサーズ」が、2008年の収穫に基づいてまとめた統計によると、葡萄畑の面積は1106ヘクタール。2004年に761ヘクタールだったのに比べると、30%以上増えている。ワイナリーの数は116軒となり、葡萄畑の数は416。生産量は350万本。いずれも増加傾向にある。
 イングリッシュ・ワインの国内でのシェアは1%にすぎないが、国際コンクールで、スパークリングワインが入賞し、品質の高さが注目されるようになった。その筆頭はナイティンバーだろう。1997年に開かれた「インターナショナル・ワイン&スピリッツ・コンペティション」で、デビュー作のブラン・ド・ブラン1992が金メダルを獲得。イギリス王室にも認められ、一気にトップ生産者としての評価が高まった。シャペル・ダウン、リッジビュー、キャメル・ヴァレーなどがこれに続く。
 ナイティンバーはイギリス人も誇りにしているようだ。ジャック・セロスを2009年夏に訪問したとき、イギリスのトレード関係者がアンセルム・セロスにお土産としてプレゼントしていた。セロスは喜んでいたが、私にはとてもできないと思った。吟醸酒ならいいが、スパークリングワインを渡すとは。ボルドーの1級シャトーに、日本ワインを持参するようなものだ。
 イギリスのワイン商「ベリー・ブラザーズ&ラッド」が昨年発表したレポート「ワインの未来」は、半世紀後の2058年に、イギリスのワインがフランスと渡り合える存在になると予測した。
 シャンパーニュは、ほかのワインに比べると、技術的な比重が高い。瓶内二次発酵、熟成、デゴルジュマンなど、ノウハウの蓄積に左右される部分が多い。その分、発展途上のイングリッシュ・スパークリング・ワインには、まだ発展する余地が残されている。ヨーロッパのワイン生産のニュー・フロンティアは、大英帝国という意外な土地に残されていたのかもしれない。
 
肩書は当時のまま
クリスチャン・シーリー

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