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2024年、日本の「伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産への登録が決まった。こうじ菌を使った日本酒や焼酎、泡盛が国内外に広まろうとしている。
境界線が薄れる日本酒とワイン
3つ星の英国の「ファット・ダック」や「レフェルヴェソンス」(東京・青山)など、最先端のガストロノミー・レストランは既に、ペアリングに日本酒を取り入れている。「七賢」で知られる山梨・北杜市の「山梨銘醸」はアラン・デュカスとコラボレートして、日本酒とフレンチのペアリングを各国で披露している。ワインと日本酒の境界線は徐々になくなっている。
醸造の世界も同様だ。茨城県の来福酒造は、清酒酵母(花酵母)を使って5年前からワイン造っている。1647年から酒造りをする老舗の九平次は、ブルゴーニュのモレ・サン・ドニに進出してワインを造っている。
IWCで発見した大和撫子のようなワイン
筆者がインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)でブラインド試飲した日本ワインの中で、印象に残ったワインがある。クリーンで、澄んだミネラル感が凛とした緊張感を生み出していた。奥ゆかしく清らかでかつ芯の強さを兼ね備えた、大和撫子のようなワイン。同じテーブルで審査していたマスター・オブ・ワインは「ミネラル以上のものがある」と表現した。
富山のワイナリーという情報と、ゲヴュルツトラミネールとリースリングという珍しいブレンドを手がかりに検索により探し出し、ドメーヌ・ボー醸造長の松倉一矢さんにインタビューする機会を得た。
松倉さんは蔵人からワイン醸造家へ転身した変わり種。淡麗辛口の酒造り文化が根づく富山の地で、10年間にわたり清酒製造に携わってきた。福鶴酒造にて越後杜氏の下で、酒造り、蔵内記帳、酒造計画、酒米の手配など多岐にわたる業務を担当していた。
キレイな味わいの福鶴酒造の酒をドメーヌ・ボー社長の中山安治さんが気に入り、「ワイン造りをしてみないか」と松倉さんに声をかけて、「フィネス、エレガンスを表現するワインを造ろう」と、ワインの世界に招き入れた。
松倉さんは酒造りを仕切る杜氏ではなかったので、醸造を任せられるのに不安もあったが、社長の情熱に動かされた。朴訥で謙虚だが、内なる情熱を秘め、淡々と自身のワイン造りについて語ってくれた。
田んぼの中に点在するブドウ畑
14haの土地に14種の欧州系品種
中山社長は酒屋を経営し、ニコラ・ジョリーやフィリップ・パカレらの自然派ワインに惚れ込んでいた。2018年、67歳にしてワイナリー建設の準備を始めた。「情熱は伝播する」と信じて、畑の取得と賃借のために奔走し、2019年ワイナリーを設立した。
ドメーヌ・ボーは日本海から内陸に35kmほど入った南砺市の立野原台地にある。高温多湿で、標高が160-200mと低いため、寒暖の差が少ない。ブドウの酸が落ちやすい。
水はけの悪い粘土質土壌で、1年目には業者に依頼して暗渠を掘り、莫大な費用がかかった。今後は自分たちで、水はけの特に悪い場所から作業していくという。
14のヨーロッパ系品種を植えているブドウ畑が田んぼの中に点在している。南砺市は酒米・五百万石の銘醸地として知られるが、立野原では酒米は作られておらず、干し柿の木が植えられている。
白ブドウは、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、リースリング、ゲヴュルツトラミネール、ヴィオニエ、ピノ・グリ、シュナン・ブラン。黒ブドウは、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワール、シラー、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルド、タナが植えられている。
立野原でこれだけの品種のワインが飲みたいという中山さんの希望だった。欧州系のブドウ木は病害に弱く栽培に苦労しているが、社員たちはそれをまた楽しんでいるという。酸味の穏やかなゲヴュルツトラミネールをリースリングの酸で補うなど、ブレンドのワインも多い。
最も多く栽培されているのはシャルドネ。「シャルドネで独自性を出していきたい。立野原の暖かい気候では、酸がキレイなエレガントな方向には行かない。黄色い果実の印象になるので、プイィ・フュイッセのようなシャルドネになる」と松倉さんは語る。
「立野原ソーヴィニヨンブラン樽熟成 2023」を試飲した。ハーブの青っぽさより、パッションフルーツやマンゴなど華やかなフルーツの印象が強い。ミッド・パレットにほんのりと樽からのヴァニラが口中に広がり、ノーズとパレットで異なる世界観を楽しめる。複雑な味わいを出すため、ブドウの収穫時期を変えている。
「3年目の若木で、ソーヴィニヨン・ブランのチオールを保つため除葉しなかった。除葉して太陽にあたるとブドウは黄色く熟してマスカットのようなテルペンが増える。それでも、2023年は良い年だったので、日照量が多くテルペンも出た」
酒造りで学んだ低温発酵を活かす
ワインはブドウ造りがすべて
大吟醸は10度未満の低温でゆっくりと発酵させて、酢酸イソアミルやカプロン酸エチルのメロン、梨、バナナなどの吟醸香を出していく。米から搾りまでおよそ40-45日間。松倉さんはこの低温発酵の技術を白ワイン造りに生かしている。
白ブドウを搾汁したらデブルバージュを1-2日施す。温度は0度に設定するが、自然に3-4度になる。その後12-13度に温度が上がってくるのでドライ酵母を添加する。主発酵が始まったら15度で3週間くらいキープする。長いものだと1か月かかることもある。
赤ワインは除梗破砕の後、3-5日間の低温浸漬を行う。赤も0度に設定するが、醪(もろみ)は流動性がないので、中心部は7-8度になることもある。冷却を止めて13度になったらドライ酵母を添加してアルコール発酵を開始させる。1週間から10日くらいで発酵が終了するので、マセレーションを長くして色素を抽出する。
ブドウと米。原料の違いがどう影響するのか?
この質問に対する松倉さんの第一声は、ワインと酒の酸の違いだった。
「ブドウの酸味を生かすと、スッキリした味わいやキレの良さが表現できる。日本酒は甘味のボリューム感が大きい」
ワイナリーはブドウ栽培からワイン醸造まで一貫して作業するが、米作りをしている酒蔵はほとんどない。
「ワインはブドウ造りが全て。畑ですべてが決まってくる。日本酒は毎年同じ品質を出せるように米を磨くので、そこまで米の出来による違いはない。ここがワインと酒の大きな違い」と言う松倉さんはワイン醸造以外の時間は、自ら畑に出ている。
「ワインは、ヴィンテージの差が出てくる。その違いを理解したのが2023年だった。富山は高温多湿で、雨の多い年もあるが、2023年は数十年に一度の雨の少ない年で、ブドウ栽培に適していた。特にピノ・ノワールは日本ワインらしくないものができた。水分ストレスで、パスリアージュに近くなった。酸を保ったまま糖度27度まで上がり、凝縮感のあるブドウができた。質感にまだざらつきがあるので現在は瓶内熟成中。数十年に一度という年なので、思い出深いヴィンテージになるだろう」
シャルドネに日本酒用の金沢酵母を使用
蔵人として働いていた福鶴は、酢酸イソアミル系の協会酵母1401のみを使っていた。これには理由がある。富山は日本酒の文化で、普段は常温や熱燗で飲むことが多く、食事に寄り添う酒にするには、酢酸イソアミル系酵母の方が合うのだという。
酒は祭りと密接な関係にある。祭りの休憩時間に、かまぼこをつまみに酒で一服する。そんな場面で飲む酒は、カプロン酸エチル系酵母の華やかなタイプよりも、酢酸イソアミル系酵母の酒の方がしっくりくる。
自社農園栽培のシャルドネに日本酒用の酵母(金沢酵母)を使用した「立野原プリムール2023」は、「エステル香があり、洋梨のような甘味のボリュームが出た。ワインと酒の中間のような甘味のボリュームが印象的なワイン。残糖分は3g弱だが、グリセリンやエキス分が高く粘性のある甘味になった」という。
清酒酵母は発酵管理が難しく、日本酒蔵出身の松倉さんだからこそ造れたワインだが、販売に関しては「興味は持っていただけるが、対面で説明をしなければならないのは課題」と、シビアに市場を見ている。
日本はワイナリー数の増加で、競争が激しくなり、効率的な経営が求められている。2025年にはサッポロビールの「グランポレール勝沼ワイナリー」が閉鎖される。生き残りには差別化が必須となる。
富山湾の海の幸に合う淡麗辛口の酒文化の地で造られるクリーンで、フィネス、エレガンスのあるドメーヌ・ボーのワイン。今後の展開が楽しみである。
Text & Photo by Minobu Kondo
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