- FREE
地中海の中心の緑あふれるサルデーニャ島に降り立ってすぐに、観光名所として名高いスー・ヌラージ・ディ・バルーミニ遺跡へ向かった。
島に7000以上あるという遺跡群の中でも最も大きい。紀元前1500-800年ごろのヌラーゲ文明の時代に造られ、1997年にはUNESCO世界遺産に登録された。海をまたいで他国との接点がほぼなかったにもかかわらず、古代ギリシアの建築技術に匹敵するという。
遠くから火山岩の巨石を運び、積み上げられたその建物は、機械のない青銅器時代において、どのようにして作られたのかいまだに不明である。さらに、この時代の他の遺跡群からはブドウの種やワインの痕跡のある瓶などが出土しており、かなり古い時代からワイン造りが始まっていたことが、明らかになりつつある。
真っ黒な火山岩と、それを補強するようにして積み上げられた白い石灰岩の建築跡を見て、すぐさま火山岩と石灰岩の白黒モザイクでできたロワールのアンジュー城を連想した。火山岩とチョーク質石灰岩でアンジュー・ソーミュールのワイン産地のテロワールをイメージできるのと同じであり、私はこの島の土壌がまさにそれと同じと、早とちりしてしまった。しかし、この島の地質はそんな単純なものではない。認識をそう改めなければならなくなるのに数日とかからなかった。
閉鎖的な環境が生んだ独自のワイン文化
サルデーニャ島はイタリア半島の西側のティレニア海にあり、コルシカ島のちょうど真下に位置している。
島の歴史は古く、数々の異民族がこの地に影響を与えてきた。フェニキア人、カルタゴ、ローマ帝国、東ローマ帝国、そして中世のサルデーニャ王国などがこの地を支配した。特に中世の15-18世紀時代からスペインのアラゴン王国による支配が始まり、その後のワイン生産に多大な影響を残した。
戦後はバルク売りされる安酒の供給地という、他の南イタリア産地と同じ路線のワイン造りが続いた。主に北部イタリアのワインの味わいを補強するブレンド用に作られた。しかし、1970年代末から「イタリアワイン・ルネッサンス」と呼ばれるワインの近代化が始まる。
イタリア各地で、古くからあった固有品種の植え替えが進み、国際品種が植えられた。EUによる減反政策も始まると同時に、市場危機などの転機も迎えた。量より質の方針転換によって、島のブドウ栽培面積は大きく減り、1977年に7万5000haに達していた畑は今日、2万7000haにまで縮小した。
ほぼ同等の面積を有する地中海のシチリア島と比較すると面白い。ここでも多くの民族が入れ替わり、立ち代わり支配者が変わってきた歴史がある。しかし、あらゆる文化を柔軟に取り込んだ開放的なシチリアとは対照的に、昔ながらの文化をかたくなに守りけ、通商に消極的であったサルデーニャは、閉鎖的な環境が生んだ個性的かつ独自性に富む文化が色濃く残っている。
そもそも、丘陵地帯が非常に多いため、耕作地にとぼしくブドウ畑の面積は広くない。全域でワインが造られているが、シチリアの約1/8の生産量でしかない。輸出量がゆるやかに伸びているとはいえ、まだまだ海外への露出度は高くない。特に輸出量を近年、伸ばしているシチリアに比べても知名度は低い。
サルデーニャは、穏やかな冬と暑くて風の強い夏が特徴の典型的な地中海性気候である。年間降雨量は平均775ミリと少なく、南東部にいたっては400-500ミリしかない。標高の高い内陸部の山地では1000ミリと年間降雨量は少し多くなるが、雨季は冬に集中しており、夏の間は全く雨が降らない。
四方から吹き付ける強い風の影響
すべての地質時代の土壌が存在
この島の気候で最も重要な特徴の一つが、四方から吹き付ける強い風である。北西から吹き付けるマエストラーレと、サハラ砂漠からやってくる温風シロッコの影響は特に大きい。風はブドウ樹を健康に保ち、真菌性疾患のリスクを軽減する。さらに、ブドウ畑に吹き付ける潮風がワインに塩味を与える。
これらの気候条件はブドウ栽培に理想的で、長い熟成期間を可能にする。ブドウの酸味と糖分の完璧なバランスが確保できる。
一方、土壌は非常に複雑だ。古生代から新生代まですべての地質時代の土壌が存在し、地中海盆地で最も古い土地の一つとされている。
サルデーニャ島はかつてコルシカ島とつながっていて、ヨーロッパの一部であった。古生代の時代には超大陸ゴンドワナが存在し、現在の島の東部に当たる部分は、その時代に生成された花崗岩の岩盤をベースとしていた。これらの土壌の名残は、島北部のガルーラに残っている。
中生代に入り、古地中海であるテティス海が生まれると、有機性堆積物がたまり、その名残が各地のドロマイト石灰岩として残った。新生代に入ると、火山活動が活発になると同時に、プレート運動と主にフランス・カタルーニャ縁辺から引き離され、海洋地殻が沈下する過程で、反時計回りに最大60度回転した。
続く第四紀には、氷河期と洪水の影響を受けてカンピダーノ平野に沖積堆積物が残った。このような過程は島のあちこちにさまざまな土壌を残し、花崗岩の風化した土壌、玄武岩、片岩、石灰岩、沖積土壌などが生まれ、サルデーニャ島の各地にモザイク状に広がった。まるでフランス・アルザスのように、豊富な土壌構成が多くの品種の植樹を可能にさせる理由の一つとなっている。
固有品種が生む多様性
この島で生まれるワインは、イタリアの他の地方で決して植えられていない品種ばかりである。代表的な品種は、ヴェルメンティーノ、カンノナウ(グルナッシュ)、カリニャーノ(カリニャン)である。
北部のヴェルメンティーノ・ディ・ガルーラは、島唯一のDOCGであり、最も高い名声を誇っている。レモン、アーモンド、白い花の香りのあるアロマティックなワインになり、潮味のヒントが、特産の海鮮料理との相性を高める。南部でもヴェルメンティーノ・ディ・サルデーニャとして造られ人気は高い。
地元でカンノナウと呼ばれるグルナッシュは、カンノナウ・ディ・サルデーニャとして島中で最も広く植えられている。酸度が低く、アルコールの度高いワインとなる。この品種はスペインでなく、サルデーニャ起源だという説が根強く、ここ数年間ずっと論争されている。
カリニャーノ種は島の南西部スルチスで主に植えられている。ここは島唯一の砂質土壌であり、フィロキセラ禍の影響を受けなかった。今なお自根ブドウで生まれ、樹齢が高い。土壌が与えるサラサラのシルキーな味わいは、ラングドックやスペイン産のカリニャンと比べ、ミディアムタッチで、クドくなく個性的である。
他にもたくさんの土着品種が存在し、長いワイン造りの歴史と多彩な植生がその多様性を生んだ。紀元前1300年ごろの遺跡から見つかった、特産のアスコイド水差しの中に残った痕跡がワインであると、ガスクロマトグラフィー検査によって明らかになった。つまりフェニキア人がやってくる以前からワイン生産を行なっていたという証拠が見つかったのである。
この島ではヴィティス・ヴィニフェラの中の野生ブドウであるシルヴェストリス(Sylvestris)からワインを造る風習があった。中世時代に、エレオノーラ・ダルボレア判事によって公布された農作物規制『カルタ・デ・ローグ』によって禁止されたりしたが、数世紀経っても野生品種との交配は盛んに続いていたようだ。
つまり大陸とは異なった独自の栽培方法が、この島に多数の品種を残すことになった。結果として、現在でもこの島にしかない、ヌラグス、ナスコ、トルバートなどといった14の固有品種が植え続けられている。
Text&Photo by 染谷文平
購読申込のご案内はこちら
会員登録(有料)されると会員様だけの記事が購読ができます。
世界の旬なワイン情報が集まっているので情報収集の時間も短縮できます!