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ラスフィニー・エステート、12年で英国のトップワイナリーに躍り出た秘訣

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 イングリッシュ・スパークリングワインの高品質化が進んでいる。トップに名を連ねるナイティンバー、ガズボーンと肩を並べるラスフィニーを訪れた。創業からわずか12年で、ロンドン5つ星ホテルのマンダリン・オリエンタル、ザ・ドーチェスターやミシュラン星付きレストランのザ・クローブ・クラブやダ・テッラなどにオンリストされる存在となった。


 ワイナリーの入り口から見えるセブン・シスターズの後ろに海が望める。石灰岩の絶壁が象徴する白亜質土壌は、シャンパーニュからイギリス海峡の下を通ってサセックスまで続いている。ワイナリーに向かう途中の電車のルイス駅を越えたあたりでも白亜の壁が見られた。


 ワイナリーは2022年にPDOが認められた英国南東部サセックスのイースト・サセックス州に位置する。創業者兼オーナーのマーク・ドライバーの言葉の端々から、ワイナリーのあるアルフリストン村への想いがにじみ出す。ボトルのラベルには、観光名所にもなっているセブン・シスターズの岸壁がかたどられている。


 元弁護士の妻とワイナリーを経営するマークは、以前は投資ビジネスをしていた。特にスパークリングワインが好きで、サセックスの大学で醸造を学んだ。大学時代の友人が現在の醸造長を務める。


 ワイナリー事業を始めるため、馴染みのあるサセックスやハンプシャーで土地を探した。イングランドで最もワイン生産が盛んなケントは選択肢になかった。


小さな村に100人の雇用を創出


 ブドウ畑に囲まれたセラードアや宿泊施設も備え、広大な敷地は見事に手入れされている。ワイナリーが大きくなっても、彼の意識は家族経営グローワーのまま変わらない。従業員を大切にしている。小さな村アルフリストンに100人の雇用を創出した。


 スタッフの年代は幅広く、学生のアルバイトから早期退職者の50-60代前半の従業員までいる。週に3-4日ほど、自分のペースで働いている人が多いという。


 畑は30-40cmのシルト質粘土ロームの表土の下層に、フリント混じりの白亜質母岩(チョーク)が地下200mまで続く。チョークは夏季に水分を保持し、ブドウ樹は地中深く根を伸ばす。


 南向き斜面に広がる90haの畑のうち、30haのブドウ樹はまだ若く、ワインが生産できるブドウに育つまで2年は待たないといけない。ピノ・ノワール、シャルドネ、ムニエに加えて、2haほどのピノ・グリも植えている。ピノ・グリはスパークリングに使ってみたが、アロマティック品種のため理想のバランスにならず断念し、スティルワインに切り替えた。セラードアや地元のレストランなどで購入できる。


 冷涼な海洋性気候で、収穫は10月中旬。長い熟成期間と豊富な日照量から、フェノリックスがゆっくりと成熟し、フレーバー豊かなブドウができる。海からの風のおかげで病害も少ない。2017年と2019年に1%の霜害があっただけだ。


 霜害の心配がないのは、海まで5キロ未満と近く、気温が氷点下まで下がらないことだ。わずか5キロ北では零下3度から5度まで下がることもある。さらに、ブドウ畑は斜面にあるので、冷たい空気が斜面を下ってカックミア渓谷に流れ込むのだ。


1970年代シャパーニュと似た気候
低収量で高い仕立て


 温暖化はポジティブな影響をもたらしている。近年は毎年ブドウが完熟するようになった。マークは1970年代のシャンパーニュの気候と似ていると言う。


 品質への真摯な探求で、イングリッシュ・スパークリングワインでトップクラスの座へとたどりついた。「我々は一つ一つの判断に時間をかけて慎重にワイン造りを進めてきた」とマークは語る。


 凝縮した果実を得るため、低収量を重視している。平均収量はヘクタール当たり6-8トンとシャンパーニュの10-12トンの約半分に絞っている。イングリッシュ・スパークリングワインの産地は、シャンパーニュよりさらに気候が不安定で、安定した収量が得られないが、マークは経済的な問題より、品質を重視している。


 ダブル・ギヨ仕立てで、12シュートになるように剪定する。1本のブドウ樹から20房を収穫する。シャンパーニュより安い土地代が低収量を可能にしている。英国ではヘクタール当たり5万2000から5万8000ユーロなのに対して、シャンパーニュは100万ユーロに達している。ただし、英国でもブドウ樹が植えられている土地は、11万5000から13万ユーロで売られている。


 フランスやイタリアで以前は盛んだった高密植ではヘクタールあたり1万から1万2000本のブドウ樹が植えられるので、ヘクタールあたりの収量が高くなる。ラスフィニーでは、ヘクタールあたり4200本の植樹。


 「我々はニュー・ワールドのワイナリーで、低密植なのだ」


 マークの言葉は、フランスなどの銘醸地と比較してニュー・ワールドは土地代が安いため低密植が可能であること。加えて、ブドウ樹を高く仕立てる栽培方法を意味している。


 ラスフィニーでは高い位置で接ぎ木された苗を使い、ブドウ樹を高く仕立てる。接ぎ木の位置が高い苗木をドイツまで探しに行った。シャンパーニュやブルゴーニュでは低く仕立てて、地表からの熱をブドウ樹が受けられるようにするが、ここはブドウ樹の高さは2m、果実がなる場所は1.1mとなっている。


 地表の湿気から離れた位置にブドウが実るので、ブドウ樹下の管理がしやすく、カビなどの病害対策になる。ブドウ樹周辺の被覆植物も生やせる。


 また、近代的なトラクターが登場する以前は、畝間耕作は牛によって行われていた。2頭の牛の首にくびきをつけてペアにして低いブドウ樹をまたがせ、2つの畝を同時に耕作していた。


 しかし、新しいワイン造りの世界では、畝越しの作業よりも、小型トラクターを使って特定の作業を機械的に行う方が効率が良く、高い仕立てが普及している。

 

 なぜ高い位置に仕立てるのか?


 マークは開口一番「作業効率が良い。特に収穫がしやすい」と答えた。


 手収穫は腰にかなりの負担がかかる。高く仕立てることでブドウの実る位置が高くなる。マークの言葉に、収穫人への思いやりを感じる。収穫は地域住民250人で2-3週間かけて行う。


 アルカリ性の白亜質土壌はpHが高いため、台木はファーカル(Fercal)。樹勢を抑えてバランスの良い果実を作る。シャンパーニュでよく使われる41B、SO4は高収量になるため使わない。


 マークはピノ・ノワールのもたらすテクスチャーが好きだという。房が密集しているため、カビ病にかかりやすいピノへの対策としては、オープン・バンチのガイゼンハイム・クローンを使う。シャルドネは、顆粒が小さく凝縮したフレーバーのディジョン・クローンを使用する。


 ヴィンテージしか造らない。「自然条件は毎年異なる。それをワインに表現したいのだ」とマーク。


 熟成期間は3年から5年と長期にわたるため、TCA対策は厳格だ。コルクはDIAM5を使用。少し太めの形のボトルは、瓶内熟成期間中にオリとの接触面積を広くし、オートリシス(酵母の自己消化)のフレーバーをつけるためだ。


 コカールPAIで行うプレスはキュベ、タイユ、そしてレベシュ(Rebeche)という最後のジュースまで絞る。レベシュからは、ブランデー、ジン、ベルモットを仕込む。


 10月から7月までの9か月間は、ピュアな果実味を大事にして酸化させないように、温度管理されたステンレスタンクで熟成する。醸造の介入は最小限にして、果実の品質を浮き立たせる。


 醸造所にはプラスチック・エッグや樽も並ぶ。コンクリート・エッグは重すぎるので、掃除も楽なプラスチックを採用している。エッグ型の発酵容器は、卵の形で対流を起こす事だけが目的なので、コンクリートである必要はないと考えている。樽はロゼ・スパークリングにブレンドする赤ワインを造るために使う。


 3種のキュヴェを試飲した。


 全体の50-55%を占めるクラシック・キュベはピノ・ノワール45%、シャルドネ35%、ムニエ20%。植樹の割合をほぼ反映している。ジェネラスな果実味、美しいバランスで繊細、和食と好相性。「これが多くの人に最初に飲まれるワイン」と捉え、力を入れていると言う。


 「クラシック・キュベ 2019」(Classic Cuvée 2019)
グラスに注がれた瞬間から豊かな果実のアロマが立ちのぼる。シトラス、青リンゴ、ほんのりレッドベリー。おそらく海風の影響だというフィニッシュに残る塩味が、刺身や寿司との相性の良さを連想させる。


「ブラン・ド・ブラン 2019」(Blanc de Blanc 2019)

シトラス、レモンメレンゲ、アプリコット、かすかにトロピカルフルーツ。リニアな酸をMLFでマイルド、クリーミーに仕上げる。ラスフィニーは全てのワインにMLFを施す。デリケートできめ細かい泡。牡蠣や貝類とのペアリング。


「ロゼ 2019」(Rosé 2019)

オニオンスキンに近い淡いサーモンピンク色。エレガントで気品あるスタイルに、ワイルド・ストロベリーやラズベリーがチャーミングさをもたらす。フィニッシュにかすかなピンクペッパー。マークが日本で試したウニやいくらとの相性は抜群だったそう。ほんの少量ブレンドされた樽熟成の赤ワインがスパイシーさを与える。


Bコープに英国ではいち早く認証


 ラスフィニーは環境、企業統治、顧客対応などの観点で社会的・環境的影響を評価するBコープに英国でいち早く認証された。


 ワイン造りに大量に使われる水を再利用するためのバイオ・バブル排水処理プラント浄化施設を設けている。「マイクロバブル 」ディフューザーを使用し、空気でワイナリーからの廃水を分解する。そしてそれを土に戻すのだ。


 「環境には優しくしなければならない。我々がこの土地で生きるのはほんの短い時間。その間、土地にはできるだけ良い事をしてあげる」


 マークはワイン造りに使命感を抱いている。


Text & Photo by 近藤美伸
 

英国の金融界出身のマーク・ドライバー氏。穏やかで柔らかい物腰の中にも、ダイナミックな経営者としての才気を感じる。CEOとしての思い切った投資判断も成長拡大の理由の一つだろう
5キロ先に海が見えるラスフィニーへの入り口。風光明媚、とても美しいワイナリー
2メートルほどに高く仕立てるとゼスチャーで説明するマーク。畑には常に海からのそよ風が吹いていた。ここでは霜害はほぼないという理由を体感した
オートリシスのフレーバーをもたらせるために太めのボトルを採用。長期熟成させるので、ダークなボトルカラーでワインを守る
シャンパーニュでも使われているコカールPAIでプレスする
ラスフィニーでは、コンクリート・エッグと比べて軽量で、格段に掃除も楽なプラスチック・エッグを採用

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