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「Sommelier」(日本ソムリエ協会)2017年掲載
国を挙げてワインをプロモーション
ジョージアは古くて新しいワイン産地だ。8000年のワイン造りの歴史を誇る伝統国であるにもかかわらず、ここ10年で、世界の先端を走るジャーナリストやトレードの注目が急速に高まっている。2013年、クヴェヴリを使うワイン造りがユネスコの世界遺産に登録されたのを機に、政府が本腰を入れて輸出に乗り出したのが功を奏している。
ジョージアの農務省の傘下にあるナショナル・ワイン・エージェンシーは、明確な戦略を有している。それは世界の重要な市場にますワインを広めていくことだ。グローバル化が進む現在、新しいトレンドやワインの評価は瞬時に世界に広がる。それには、影響力のあるジャーナリストやトレードに発信するのが最も効率的だ。
エージェンシーは、2017年6月にボルドーで開かれた国際的な見本市「ヴィネクスポ 2017」に、初めてジョージアワインを出展。バイヤーやメディアにアピールした。英国のジャンシス・ロビンソンMWが主宰する購読制サイト「パープル・ページ」のジュリア・ハーディングMWや、独立した評論家のティム・アトキンMWは、毎年のようにジョージアを訪れている。
コンペティションも行っている。ジョージアで開かれるワイン・コンペティションでは、ティム・アトキンMWら重要人物が審査員を務めている。オーストラリア、ニュージーランド、米国など、ジョージア国外で生産されるサペラヴィのワインを審査する「サペラヴィ・ワールド・プライズ 2017」も開かれている。さらに、ロンドン、ニューヨーク、香港、東京と、ターゲットとなる市場のマスター・オブ・ワインをアンバサダーに据えて、情報の拡大と商品の流通を強化している。
勉強好きな日本人の琴線に触れる
ジョージアでは、ワインが暮らしに溶け込んでいる。ワイン造りは修道院で発展し、ワインを酌み交わす宴会(スプラ)が文化として根付いている。そのためか、個人が自宅でワインを造り、自家消費することが認められている。他国のように政府が統制していないのだ。裏返すと、それは生産量や栽培面積の正確な統計が集めにくく、情報を体系化しにくいことを意味する。そのため、これまでも日本に少量のワインは輸入されてきたが、総括的な情報が不足してきた。これからはそれが変わる。大橋健一MWが、ジョージアの農務省からアンバサダーに指名され、何度も現地に足を運んでいる。多彩なジョージア・ワインの輸入が始まろうとしている。
ジョージアは、日本のプロや愛好家の琴線に触れる産地となりうる。聞いたことのない土着品種がたくさんある。気候や土壌の多様性があり、イタリアのように全体を把握するのに手間がかかる。ブルゴーニュやボルドーが典型的だが、知的好奇心の強い日本人は、勉強して、複雑な産地をときほぐすのが大好きだ。それゆえ、フランスの生産者から、知識が豊富で、洗練されていると、評価されている。
ジョージアは必ず光を浴びる。今こそ学ぶ時だ。大橋MWに、ジョージアワインを理解するための10の質問を投げかけた。これを読めば、ジョージアワインがわかる。
世界最古のワイン産地 土着品種の宝庫
Q1 ワイン造りの起源はコーカサス山脈の南側にあると言われてきました。ジョージア、アルメニア、トルコ、アゼルヴァイジャンなどの可能性がありますが、ジョージアを発祥の地とする根拠は?
A 国立博物館に8000年前にワイン造りが行われていたことを証明する甕があります。この中からアルコール発酵が行われていたことを示すブドウの種などの残存物が発見されている。最古のワイン産地はこれまで、シリアやアルメニアなどの名前も挙がっていましたが、現時点で考古学的な証拠を鑑みても最も古い歴史を有しているのはジョージアとなるのです。それ以前の歴史を有するとされる国が出ていません。
Q2 ジョージアを新興国と呼ぶどうかは別として、新たに注目を集める生産国は、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シャルドネなどの国際品種を導入するのが常です。ジョージアは国際品種の割合が極めて低い。525種類もの土着品種があり、そのうち40種が主に栽培されています。土着品種が生き残っているのは、長らく閉鎖的だった政治的な理由でしょうか。
A ソ連邦の傘下にあり、ロシアが最大の市場だったという事情はあるでしょう。ロシアの消費者のニーズに合わせればよく、国際品種を栽培する必要がありませんでした。独立してから、西ヨーロッパとの交流が始まった。EU加盟も目指している。ナショナル・ワイン・エージェンシーは、品種のDNA分析に精力的に取り組んでいます。国を挙げてリサーチを進める中で、自国に途方もない品種があることがわかった。海の底に眠っていた宝箱を開けたようなものです。土着品種を保護して、栽培するプロジェクトを進めています。数多い品種をラボラトリー・ワイナリーでマイクロ・ヴィニフィケーションして、性格を見極めている。歴史の古さがここでは強みです。
ルカツティリ、ムツヴァネ、サペラヴィ
まずは3つの品種をおさえる
Q3 ジョージアの主要品種は白ブドウのルカツティリ、ムツヴァネ、黒ブドウのサペラヴィの3つです。2016年の収穫量は全体で11万4000トン。ルカツティリが6万5000トン、サペラヴィが4万2000トン、ムツヴァネが3000トンとなっています。各品種の特色をわかりやすく説明してください。
A 500を超す品種をカバーするのは大変です。まずはこの3つの品種を追うことがジョージアの全体像の把握につながります。ルカツティリはロシアでも中国でも、栽培されています。ニュートラルで酸がやや高め。イタリアの白品種などとも比較したくなりますね。しかし、それは果汁のみを発酵させるヨーロッパ方式の場合の話です。クヴェヴリで果皮と果梗も一緒に発酵させる伝統的方式の場合は、圧倒的にユニークなパフォーマンスを発揮します。マセレーションしても、酸を保てます。だから、歴史的に残ってきたのでしょう。ムツヴァネは酸は控えめで、リッチに仕上がります。ジョージアにはリッチな白が少ない。フローラルで、酸を程よく保てるということは、クヴェヴリで造った時に、バランスのとれた高品質なスタイルに仕上がるということ。サペラヴィは基本的にタニックで、頑強な品種です。ポリフェノールはタンパク質と結びつくので、肉料理をよく食する内陸のカヘティ地方で特に栽培されてきました。ルカツティリは、スパークリング、甘口、辛口など多様なスタイルに仕上げられます。甘口ワインはロシアの甘口志向に応えたもので、西ヨーロッパへの輸出が増えるにつれ、辛口が主流になりつつあります。
Q4 ジョージアではヨーロッパ方式が主流で、クヴェヴリで造るワインは全体からすると極めて少ない。手間がかかり、安定性に欠けるにもかかわらず、大手ワイナリーもクヴェヴリのワインを造る理由は?
A やはり、文化遺産へのリスペクトもあるかとは思います。大手ワイナリーがクヴェヴリのワインを増産する動きもあります。一方で、伝統的方式にも変化を加える動きが、少数ですが、登場しています。クヴェヴリを使うワイン造りは、地中で温度を一定に保てるから、温度管理をせず、果皮や果梗のタンニンに抗酸化作用があるから、酸化防止剤も加えないのが一般的です。ところが、クヴェヴリの周りに冷水パイプを張り巡らせたり、窒素や亜硫酸で酸化を防いだりして、安定したワイン造りをする造り手が散見されます。瓶詰前の酸化防止剤はほとんどの生産者がしています。海外に認められ、輸出量が増えるにつれて、安全に届ける必要があるので、わずかに人的な介入をする生産者が出てきたのです。
混同してはいけない
クヴェヴリのワインと酸化気味の自然派ワイン
Q5 クヴェヴリによるワイン造りに触発されて、イタリア・フリウリのヨスコ・グラヴナーはアンフォラを使って、白ブドウをマセレーションするオレンジワインを造りました。オレンジワインは今や、フランスから、オーストラリアや南アフリカなど新世界まで広まっています。オレンジワインのどこに魅力があったのでしょう。
A 勘違いしてはいけないのは、オレンジワインと酸化したワインは違うといことです。フランスの自然派ワインには、色調はオレンジでも、醸造法はジョージアの手法ではない場合が多々存在します。私の中では酸化防止剤を使わずに造って、酸化的風合いをまとった結果としてオレンジ色を呈しているワインはオレンジワインとはいいにくいですね。オレンジワインは、3か月から6か月の間、スキンコンタクトをして、ポリフェノールを抽出したものを指します。果皮から色素を取り込んだワインと、酸化したものは色調が違う。例えば、ブルゴーニュのドメーヌ・ド・シャソルネやプリューレ・ロックは、スキンコンタクトをしているから、明らかにオレンジの色調を見せていますよね。褐色の色調とは少々違いが確認できます。ゆえに私はオレンジワインが世界中でまん延しているとは思っていません。ジョージアでは、クヴェヴリで造るワインを「アンバーワイン」という英語表記で輸出していますが、それだと、オレンジワインと酸化的に醸造したワインの区別がつかないので、国際市場ではこの表現は賛成しにくいとも思っています。クヴェヴリで仕込んだワインは、赤みを帯びた茶色ではなく、正にオレンジに近い色調です。
Q6 お酒造りは政府が管理して、生産者に課税して税収とする国がほとんどです。それゆえ、生産量や消費量の統計データがとれるのですが、ジョージアでは、それができない。個人が自宅でワインを醸造したり、それを飲んだりすることが許されているからです。こうした自由なワイン造りの背景には何があるのでしょう。
A ワインがそれだけ文化と密着しているのです。ワイン造りはモナステリー(修道院)で行われ、地方に広がり、発展してきました。そこから、市民が自宅で造るようになりました。歴史が長いので、これからも、途方もない未知のワインや造り手が登場する可能性があります。
ロンドン、NY、香港、東京
主要都市のMWがアンバサダー
Q7 ジョージアワインの世界戦略はスマートです。ロンドンのサラ・アボット、ニューヨークのリサ・グラニック、香港のデブラ・メイブルグ、東京の大橋健一と、重要な市場で活躍するマスター・オブ・ワインに、アンバサダーを委嘱して、ワインの輸出を強化している。国を挙げてのプロモーションは、日本のワインやSAKEも見習うべき点が多い。
A ジョージアの農務大臣Levan Davitashviliはワインをよく知っていて、スマートです。ナショナル・ワイン・エージェンシーのチェアマンを務めていた。世界の市場を真剣にリサーチしている。エージェンシーからマスター・オブ・ワインを出そうと、職員にはっぱをかけています。国家がマスター・オブ・ワインを出そうとしているのだからすごい。リサ・グラニックMWが、ジョージアに3年間、住んでいたのに目をつけて、ニューヨークに移り住んだのをきっかけに、アンバサダーを頼みました。そこから、ターゲットとなる市場のマスター・オブ・ワインの一本釣りを始めたのです。
ジョージアを知るのが世界標準
日本市場に可能性はある
Q8 大橋MWがアンバサダーを引き受けた理由は?
A 幸いながら私は、MW学位取得後、様々な国からの仕事の依頼を頂く立場になりました。そこでは不肖ながら自分なりの尺度で、そして先輩MWsの助言も参考にして有意義な仕事を選ばせていただいています。ジョージアは世界の主要な市場で強みを発揮できる独自性が確立されています。8000年前にさかのぼる世界で最も古いワイン造りの歴史を持っていることや、クヴェヴリによるワイン造りが世界遺産に登録されていることがその代表例です。残念なことに、日本ではそれらのことがほとんど知られていません。クヴェヴリによるワイン造りについても、甕を使えば単純にクヴェヴリ・ワインだと思われています。マセレーションとのコンビネーションになっていることを含めて、細部の情報が伝わっていない。クヴェヴリで造れば自然派ワインであるとか、自然派の終着点がクヴェヴリのワインであるという風な誤解もある。話はそれますが、正しい知識を持たずに、品質に疑問を持たざるを得ないような一部の自然派ワインをお勧めしてしまうトレードの方が散見される状況もこれと似ています。このままでは、日本が未成熟な市場であるように世界に感じさせてしまう可能性もあります。それではいけません。既に、世界の3大ワイン都市であるロンドン、ニューヨーク、香港ではジョージアワインの認知度が高まっています。日本がジョージアワインについて、正しい認識をもつことが大切で、それがひいては日本の宣伝につながる。そう思って、仕事を引き受けさせていただきました。それともう一つ。偉大なマスター・オブ・ワインの先輩たちが、アンバサダーの仕事をしていて、自分がそれについていきたいという思いもあります。
Q9 日本はフランスやイタリアなど伝統的な産地の強い市場ですが、ジョージアワインが受け入れられる可能性をどう見ていますか。
A これから広がりが出てくるのは間違いありません。日本ほど世界の多様な料理が食べられる国は少ない。幅広い料理とワインを楽しめるプラットフォームができています。モロッコ料理のクスクスも、メキシコ料理のタコスも、あらゆる料理のレストランで、ワインが楽しめます。料理のジャンルはさらに広がりが出てくるでしょう。ユニークな特色を持つジョージアワインのパイが広がる可能性は十分にあります。
Q10 ジョージアワインの世界的な将来性をどう見ていますか?
A プロモーションが積極的に行われる市場はさらに成長する可能性を秘めています。これからは、シドニーやサンフランシスコなど、さらに広がっていくことを確信しています。
国を挙げてワインをプロモーション
ジョージアは古くて新しいワイン産地だ。8000年のワイン造りの歴史を誇る伝統国であるにもかかわらず、ここ10年で、世界の先端を走るジャーナリストやトレードの注目が急速に高まっている。2013年、クヴェヴリを使うワイン造りがユネスコの世界遺産に登録されたのを機に、政府が本腰を入れて輸出に乗り出したのが功を奏している。
ジョージアの農務省の傘下にあるナショナル・ワイン・エージェンシーは、明確な戦略を有している。それは世界の重要な市場にますワインを広めていくことだ。グローバル化が進む現在、新しいトレンドやワインの評価は瞬時に世界に広がる。それには、影響力のあるジャーナリストやトレードに発信するのが最も効率的だ。
エージェンシーは、2017年6月にボルドーで開かれた国際的な見本市「ヴィネクスポ 2017」に、初めてジョージアワインを出展。バイヤーやメディアにアピールした。英国のジャンシス・ロビンソンMWが主宰する購読制サイト「パープル・ページ」のジュリア・ハーディングMWや、独立した評論家のティム・アトキンMWは、毎年のようにジョージアを訪れている。
コンペティションも行っている。ジョージアで開かれるワイン・コンペティションでは、ティム・アトキンMWら重要人物が審査員を務めている。オーストラリア、ニュージーランド、米国など、ジョージア国外で生産されるサペラヴィのワインを審査する「サペラヴィ・ワールド・プライズ 2017」も開かれている。さらに、ロンドン、ニューヨーク、香港、東京と、ターゲットとなる市場のマスター・オブ・ワインをアンバサダーに据えて、情報の拡大と商品の流通を強化している。
勉強好きな日本人の琴線に触れる
ジョージアでは、ワインが暮らしに溶け込んでいる。ワイン造りは修道院で発展し、ワインを酌み交わす宴会(スプラ)が文化として根付いている。そのためか、個人が自宅でワインを造り、自家消費することが認められている。他国のように政府が統制していないのだ。裏返すと、それは生産量や栽培面積の正確な統計が集めにくく、情報を体系化しにくいことを意味する。そのため、これまでも日本に少量のワインは輸入されてきたが、総括的な情報が不足してきた。これからはそれが変わる。大橋健一MWが、ジョージアの農務省からアンバサダーに指名され、何度も現地に足を運んでいる。多彩なジョージア・ワインの輸入が始まろうとしている。
ジョージアは、日本のプロや愛好家の琴線に触れる産地となりうる。聞いたことのない土着品種がたくさんある。気候や土壌の多様性があり、イタリアのように全体を把握するのに手間がかかる。ブルゴーニュやボルドーが典型的だが、知的好奇心の強い日本人は、勉強して、複雑な産地をときほぐすのが大好きだ。それゆえ、フランスの生産者から、知識が豊富で、洗練されていると、評価されている。
ジョージアは必ず光を浴びる。今こそ学ぶ時だ。大橋MWに、ジョージアワインを理解するための10の質問を投げかけた。これを読めば、ジョージアワインがわかる。
世界最古のワイン産地 土着品種の宝庫
Q1 ワイン造りの起源はコーカサス山脈の南側にあると言われてきました。ジョージア、アルメニア、トルコ、アゼルヴァイジャンなどの可能性がありますが、ジョージアを発祥の地とする根拠は?
A 国立博物館に8000年前にワイン造りが行われていたことを証明する甕があります。この中からアルコール発酵が行われていたことを示すブドウの種などの残存物が発見されている。最古のワイン産地はこれまで、シリアやアルメニアなどの名前も挙がっていましたが、現時点で考古学的な証拠を鑑みても最も古い歴史を有しているのはジョージアとなるのです。それ以前の歴史を有するとされる国が出ていません。
Q2 ジョージアを新興国と呼ぶどうかは別として、新たに注目を集める生産国は、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シャルドネなどの国際品種を導入するのが常です。ジョージアは国際品種の割合が極めて低い。525種類もの土着品種があり、そのうち40種が主に栽培されています。土着品種が生き残っているのは、長らく閉鎖的だった政治的な理由でしょうか。
A ソ連邦の傘下にあり、ロシアが最大の市場だったという事情はあるでしょう。ロシアの消費者のニーズに合わせればよく、国際品種を栽培する必要がありませんでした。独立してから、西ヨーロッパとの交流が始まった。EU加盟も目指している。ナショナル・ワイン・エージェンシーは、品種のDNA分析に精力的に取り組んでいます。国を挙げてリサーチを進める中で、自国に途方もない品種があることがわかった。海の底に眠っていた宝箱を開けたようなものです。土着品種を保護して、栽培するプロジェクトを進めています。数多い品種をラボラトリー・ワイナリーでマイクロ・ヴィニフィケーションして、性格を見極めている。歴史の古さがここでは強みです。
ルカツティリ、ムツヴァネ、サペラヴィ
まずは3つの品種をおさえる
Q3 ジョージアの主要品種は白ブドウのルカツティリ、ムツヴァネ、黒ブドウのサペラヴィの3つです。2016年の収穫量は全体で11万4000トン。ルカツティリが6万5000トン、サペラヴィが4万2000トン、ムツヴァネが3000トンとなっています。各品種の特色をわかりやすく説明してください。
A 500を超す品種をカバーするのは大変です。まずはこの3つの品種を追うことがジョージアの全体像の把握につながります。ルカツティリはロシアでも中国でも、栽培されています。ニュートラルで酸がやや高め。イタリアの白品種などとも比較したくなりますね。しかし、それは果汁のみを発酵させるヨーロッパ方式の場合の話です。クヴェヴリで果皮と果梗も一緒に発酵させる伝統的方式の場合は、圧倒的にユニークなパフォーマンスを発揮します。マセレーションしても、酸を保てます。だから、歴史的に残ってきたのでしょう。ムツヴァネは酸は控えめで、リッチに仕上がります。ジョージアにはリッチな白が少ない。フローラルで、酸を程よく保てるということは、クヴェヴリで造った時に、バランスのとれた高品質なスタイルに仕上がるということ。サペラヴィは基本的にタニックで、頑強な品種です。ポリフェノールはタンパク質と結びつくので、肉料理をよく食する内陸のカヘティ地方で特に栽培されてきました。ルカツティリは、スパークリング、甘口、辛口など多様なスタイルに仕上げられます。甘口ワインはロシアの甘口志向に応えたもので、西ヨーロッパへの輸出が増えるにつれ、辛口が主流になりつつあります。
Q4 ジョージアではヨーロッパ方式が主流で、クヴェヴリで造るワインは全体からすると極めて少ない。手間がかかり、安定性に欠けるにもかかわらず、大手ワイナリーもクヴェヴリのワインを造る理由は?
A やはり、文化遺産へのリスペクトもあるかとは思います。大手ワイナリーがクヴェヴリのワインを増産する動きもあります。一方で、伝統的方式にも変化を加える動きが、少数ですが、登場しています。クヴェヴリを使うワイン造りは、地中で温度を一定に保てるから、温度管理をせず、果皮や果梗のタンニンに抗酸化作用があるから、酸化防止剤も加えないのが一般的です。ところが、クヴェヴリの周りに冷水パイプを張り巡らせたり、窒素や亜硫酸で酸化を防いだりして、安定したワイン造りをする造り手が散見されます。瓶詰前の酸化防止剤はほとんどの生産者がしています。海外に認められ、輸出量が増えるにつれて、安全に届ける必要があるので、わずかに人的な介入をする生産者が出てきたのです。
混同してはいけない
クヴェヴリのワインと酸化気味の自然派ワイン
Q5 クヴェヴリによるワイン造りに触発されて、イタリア・フリウリのヨスコ・グラヴナーはアンフォラを使って、白ブドウをマセレーションするオレンジワインを造りました。オレンジワインは今や、フランスから、オーストラリアや南アフリカなど新世界まで広まっています。オレンジワインのどこに魅力があったのでしょう。
A 勘違いしてはいけないのは、オレンジワインと酸化したワインは違うといことです。フランスの自然派ワインには、色調はオレンジでも、醸造法はジョージアの手法ではない場合が多々存在します。私の中では酸化防止剤を使わずに造って、酸化的風合いをまとった結果としてオレンジ色を呈しているワインはオレンジワインとはいいにくいですね。オレンジワインは、3か月から6か月の間、スキンコンタクトをして、ポリフェノールを抽出したものを指します。果皮から色素を取り込んだワインと、酸化したものは色調が違う。例えば、ブルゴーニュのドメーヌ・ド・シャソルネやプリューレ・ロックは、スキンコンタクトをしているから、明らかにオレンジの色調を見せていますよね。褐色の色調とは少々違いが確認できます。ゆえに私はオレンジワインが世界中でまん延しているとは思っていません。ジョージアでは、クヴェヴリで造るワインを「アンバーワイン」という英語表記で輸出していますが、それだと、オレンジワインと酸化的に醸造したワインの区別がつかないので、国際市場ではこの表現は賛成しにくいとも思っています。クヴェヴリで仕込んだワインは、赤みを帯びた茶色ではなく、正にオレンジに近い色調です。
Q6 お酒造りは政府が管理して、生産者に課税して税収とする国がほとんどです。それゆえ、生産量や消費量の統計データがとれるのですが、ジョージアでは、それができない。個人が自宅でワインを醸造したり、それを飲んだりすることが許されているからです。こうした自由なワイン造りの背景には何があるのでしょう。
A ワインがそれだけ文化と密着しているのです。ワイン造りはモナステリー(修道院)で行われ、地方に広がり、発展してきました。そこから、市民が自宅で造るようになりました。歴史が長いので、これからも、途方もない未知のワインや造り手が登場する可能性があります。
ロンドン、NY、香港、東京
主要都市のMWがアンバサダー
Q7 ジョージアワインの世界戦略はスマートです。ロンドンのサラ・アボット、ニューヨークのリサ・グラニック、香港のデブラ・メイブルグ、東京の大橋健一と、重要な市場で活躍するマスター・オブ・ワインに、アンバサダーを委嘱して、ワインの輸出を強化している。国を挙げてのプロモーションは、日本のワインやSAKEも見習うべき点が多い。
A ジョージアの農務大臣Levan Davitashviliはワインをよく知っていて、スマートです。ナショナル・ワイン・エージェンシーのチェアマンを務めていた。世界の市場を真剣にリサーチしている。エージェンシーからマスター・オブ・ワインを出そうと、職員にはっぱをかけています。国家がマスター・オブ・ワインを出そうとしているのだからすごい。リサ・グラニックMWが、ジョージアに3年間、住んでいたのに目をつけて、ニューヨークに移り住んだのをきっかけに、アンバサダーを頼みました。そこから、ターゲットとなる市場のマスター・オブ・ワインの一本釣りを始めたのです。
ジョージアを知るのが世界標準
日本市場に可能性はある
Q8 大橋MWがアンバサダーを引き受けた理由は?
A 幸いながら私は、MW学位取得後、様々な国からの仕事の依頼を頂く立場になりました。そこでは不肖ながら自分なりの尺度で、そして先輩MWsの助言も参考にして有意義な仕事を選ばせていただいています。ジョージアは世界の主要な市場で強みを発揮できる独自性が確立されています。8000年前にさかのぼる世界で最も古いワイン造りの歴史を持っていることや、クヴェヴリによるワイン造りが世界遺産に登録されていることがその代表例です。残念なことに、日本ではそれらのことがほとんど知られていません。クヴェヴリによるワイン造りについても、甕を使えば単純にクヴェヴリ・ワインだと思われています。マセレーションとのコンビネーションになっていることを含めて、細部の情報が伝わっていない。クヴェヴリで造れば自然派ワインであるとか、自然派の終着点がクヴェヴリのワインであるという風な誤解もある。話はそれますが、正しい知識を持たずに、品質に疑問を持たざるを得ないような一部の自然派ワインをお勧めしてしまうトレードの方が散見される状況もこれと似ています。このままでは、日本が未成熟な市場であるように世界に感じさせてしまう可能性もあります。それではいけません。既に、世界の3大ワイン都市であるロンドン、ニューヨーク、香港ではジョージアワインの認知度が高まっています。日本がジョージアワインについて、正しい認識をもつことが大切で、それがひいては日本の宣伝につながる。そう思って、仕事を引き受けさせていただきました。それともう一つ。偉大なマスター・オブ・ワインの先輩たちが、アンバサダーの仕事をしていて、自分がそれについていきたいという思いもあります。
Q9 日本はフランスやイタリアなど伝統的な産地の強い市場ですが、ジョージアワインが受け入れられる可能性をどう見ていますか。
A これから広がりが出てくるのは間違いありません。日本ほど世界の多様な料理が食べられる国は少ない。幅広い料理とワインを楽しめるプラットフォームができています。モロッコ料理のクスクスも、メキシコ料理のタコスも、あらゆる料理のレストランで、ワインが楽しめます。料理のジャンルはさらに広がりが出てくるでしょう。ユニークな特色を持つジョージアワインのパイが広がる可能性は十分にあります。
Q10 ジョージアワインの世界的な将来性をどう見ていますか?
A プロモーションが積極的に行われる市場はさらに成長する可能性を秘めています。これからは、シドニーやサンフランシスコなど、さらに広がっていくことを確信しています。
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