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シャトー・ラグランジュ 椎名敬一副会長 格付けシャトーを舵取り

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スペシャリストからゼネラリストへ

「Sommelier」(日本ソムリエ協会)2017年掲載

デイリーワインからグランヴァンへ

 会社で一つの専門分野を全うできる人間は多くない。優秀な人間ほど、様々な分野を歩かされる。記者を志して新聞社に入ったら、いつしか管理部門の中枢にいた。がむしゃらに営業マンをしていたら、広報部門の長を命じられた。そんな例は星の数ほどある。優れたスペシャリストは最終的に、ゼネラリストになるケースが多い。

 椎名にとって、ラグランジュへの異動は晴天のへきれきだった。入社したのはサントリーがラグランジュを購入してから2年後の1985年。ドイツのガイゼンハイム大学に研究員として派遣された後、サントリーが88年に買収したロバート・ヴァイル醸造所の再建に携わった。90年に帰国し、最初に取り組んだのは、国産ワインの品質を向上させる長期的な戦略だった。純国産ワインと並行して、手ごろなデイリーワインの品質を上げるには、濃縮果汁の品質を上げる必要がある。供給元のチリやアルゼンチンに1カ月単位で出張して、サプライヤーと一緒になって汗をかいた。

 「ブドウが悪ければいいワインはできません。収穫時期をどうするか。どこまでブドウをプレスするか。熱劣化させずに濃縮するには。徹夜の実験を繰り返して、品質を上げていく。現地の生産、品質責任者と手を組んで、最後は人間力の勝負でした」

 単なる原料の調達だけでなく真の品質向上を求めるなら、将来は南米にワインを造る基地が必要になる。そうした考えを抱き、役員の了承も得てプロジェクトを立ち上げようとした矢先、アルゼンチンの経済が破綻した。落胆しながらも、ワイン生産部課長として今度は純国産ワインの最高峰を目指すプロジェクトを始動させたころに、、ある筋からラグランジュ駐在の話が飛び込んできた。ラグランジュ再建の礎を築いた故・鈴田健二の後任である。デイリーワインから純国産ワイン、そしてグランヴァンへの転身となる。

 「国産ワインの将来の絵を描く仕事は魅力的で、チャレンジしたい気持ちはありました。でも、ワイン造りの王道であるボルドーのグランヴァンを造る機会など、めったにあるものではない。降ってわいた打診に、強い運命を感じました。後になって、別の候補者がいたが、鈴田さんがぜひにと推薦してくれていたと聞きました。ヴァイル駐在時代に、鈴田さんと何度か意見交換して、本物のワイン造りに対する思いを共有していたことが背景かもしれません。」


44歳からフランス語を勉強

 2004年3月、ボルドーに赴任、語学学校で研修して6月から働き始めた。44歳から新しい言葉を学ぶのはなかなかに大変だ。シャトー経営者の仕事はワインを造るだけではない。ボルドーは、シャトーが生産し、ネゴシアンが売る分業制となっていて、両者を黒子のクルティエが仲介している。ボルドーのラ・プラス、世界の市場の情報を彼らから手に入れるのも重要な仕事だ。取引に直結するオフレコの話ばかり。最初は何を話しているかわからず、理解するまで5年を要した。

 ワイン造りも日進月歩である。85年に刷新した醸造設備は、ラフィット・ロートシルトも見学に来たほど最新だったが、20年もたつと時代に取り残されていた。鈴田と二人三脚でシャトーを立て直したマルセル・デュカスは2007年に定年を迎える予定だった。次の20年間に向けた絵を描いていく必要に迫られていた。

 鈴田も椎名も、表面的には柔らかい。しかし、根は頑固で譲らない部分を秘めている。技術者には欠かせない資質である。鈴田は控えめな性格もあって、一歩引いたところで、フランス流のやり方を尊重していた。昭和の日本人である。椎名は自分の考えをより鮮明に主張した。21世紀に入って、ボルドーの品質競争がそれだけ激しくなっていたという事情もある。

極端な遅摘みに踏み切る

 その一つが極端な遅摘みである。118ヘクタールもの広大な畑を抱えるラグランジュは、どんなに急いでも収穫に3週間かかる。3級のラグランジュは、サン・ジュリアンでも内陸に入っている。ブドウが熟すのに時間がかかる。かといって、遅摘みすれば雨のリスクが高まる。だが、ブドウの糖度と生理的な成熟度を上げないと、いつまでも上位シャトーに追いつけない。

 「2005年から言い続けたら、品質のために本気でリスクをとるつもりだということがようやく伝わりました。2007年は難しい年でした。10月上旬に収穫したら未熟なのはだれにもわかっていた。通常は開花から115日間で収穫しますが、142日間と3週間も遅らせた。フランス人は本音で話して、議論を積み重ねて、納得すれば動いてくれる。そこが自説をなかなか曲げないドイツ人とは違います」

 評論家ロバート・パーカーが2007年に与えたポイントは90点。「傑出した努力だ。こ惑的、豊満、香りの広がりがあり、濃厚な紫色の2007ラグランジュは甘いクレーム・ド・カシス、樟脳、精妙なスパイー・オークのノートを誇る」と評価した。

 2016年はさらに冒険した。収穫はメルロが10月3日、カベルネ・ソーヴィニヨンが10月17日。1級のラフィットやムートンが各品種の収穫をほぼ終える時期に、始めている。こちらは過去最高の出来となった。

経営者として人材を育成

 区画に対応した小型発酵槽、光学式選果機の導入など、醸造面の充実も進めている。マーケティング、ワイン造りを強化したら、残るは人材の整備だ。高級ワインがひしめくボルドーには優れた人材が集まってくる。2008年から始まった椎名とマティウ・ボルド社長のコンビは盤石だ。雨が降り続けて、カビに悩まされた2013年も2人の信頼関係で、ギリギリのリスクをとれたという。将来のワイン造りを任せられる統率力のある若き技術責任者も育っている。

 「めぐり合わせですが、ラグランジュにとってこんなに逸材がそろっている時期はない」

 ボルドーで13年間過ごした椎名は今や、単なるワイン造りのスペシャリストではない。経営者として広く目配せしながら、シャトーを運営している。巨大飲料企業のサントリー・グループの一社員ではあるが、ワイン愛好家ならだれもが知る格付けシャトーの舵取りをする。東京との連絡は欠かさないにせよ、多くの重要な決断を下している。ワイン造りを志す人間の中で、これだけ恵まれた仕事をしている会社員はなかなかいないだろう。

1960年生まれ。千葉大大学院卒。85年サントリー入社。ガイゼンハイム大学留学。ロバート・ヴァイル勤務を経て、2005年から現職。

肩書は当時のまま。

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