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ギリシャの冷涼感あふれる土着品種 アシルティコとクシノマヴロに目覚める

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「Sommelier」(日本ソムリエ協会)2016年掲載

フランスだけは通用しないニューヨークのソムリエ

 4月の世界最優秀ソムリエコンクールで優勝したジョン・アルヴィッド・ローゼングレンは、スウェーデン人だが、ニューヨーク・ソーホーのカジュアルなレストランに勤めている。31歳と若いのに、オールランドな知識を持っているのは、働く環境も無関係ではなかろう。コンクールを追ったNHKのテレビ番組を見ながらそう思った。

 ワイン流通の中心はロンドンだが、ニューヨークも重要なトレンドの発信地だ。狭いマンハッタン島の中で、世界中の生産者の試飲会やセミナーが、毎日のように開かれる。有名シェフ、デイヴィッド・ブーレイの和食店「Brushstroke」(ブラッシュストローク)で飲料ディレクターを務めた梁世柱さんは「ソムリエ同士の競争は激しいが、試飲会で顔を合わせると必ず『何か凄いワインを見つけたか?』とたずねあい、探し出したワインの情報を隠さない」と振り返り、「フランス料理店だからフランスワインという考えはとうの昔にすたれた。世界中のワインに精通し、扱うのが当たり前のこと。一国のワインしか知らないソムリエには、高給が約束された重要なポジションは与えられない」と明かす。

 そのニューヨークやロンドンで、近年流行しているのがギリシャワインだ。梁さんによると、インポーター17社が600銘柄も扱っている。昔からギリシャ人のコミュニティが存在していたところに、ギリシャ料理の高級店が数店オープンしたのがきっかけとなった。ワインと料理は鶏と卵の関係にある。フランスワインが王座に座るのは、フランス料理が饗宴外交の主役として世界に広がったからだ。東京でもこの春、銀座・数寄屋橋の複合施設、東急プラザ銀座に、180席を擁するモダン・ギリシャレストラン「アポロ」がオープンした。名門ブタリス家のプレミアム・ブランド、キリ・ヤーニの輸入も始まった。小規模な高品質生産者も、ギリシャ人経営のインポーターによって輸入されている。2016年は日本のギリシャワイン元年となるかもしれない。

200を超す土着品種がある発展途上産地

 ギリシャワインと聞いて、松やに風味のレツィーナを連想したら間違っている。レツィーナはいまだに品種別の栽培面積のトップだが、興味深い土着品種が世に出てきた。ここ十数年で注目が高まったが、ワイン文化は4000年を超す歴史を有している。古代ギリシャでは、酒の神ディオニュソスが崇拝され、後にローマ神話でバッカスと呼ばれるようになった。古代ギリシャと言えば、ソクラテス、プラトン、アリストテレスら哲学者の名前が浮かぶ。ワインは哲学と結びつき、ワインと食事をしながら哲学を語り合う社交行事を「シンポジア」(symposia)と呼んだ。「シンポジウム」の語源である。その場でワインを水で割ってサービスしたのが「エノホイ」(Oenochooi)。ソムリエの原型とも言われる。ワインは都市国家間で取引され、地中海経由でエジプト、エトルリア(イタリア中部)などにも輸出された。陶器の壺アンフォラに封印して運ばれ、生産者を偽造品から守った。様々な点でイタリアやフランスに先駆けていたのに、フィロキセラや大戦でワイン産業は衰退し、2000年以降はEUの規制や経済危機で栽培面積が減少している。

 テッサロニキ・アリストテレス大学のステファノス・クンドゥラス助教授によると、ギリシャのブドウ栽培面積は11万ヘクタールしかなく、ワイン用ブドウはほぼ半分の6万5000ヘクタールにとどまる。生産量は300万ヘクトリットル。零細農家が大半を占める。10万軒ある栽培農家の中で85%が0.5ヘクタール以下の畑にとどまる。フランスの平均面積である9ヘクタール以上の畑は50軒しかない。要するに、ワイン産業は発展途上なのだが、それが逆に魅力となっている。産業が発展すると、大手ワイナリーは、効率や利益を重視する。輸出しやすい国際品種を増やし、農薬を使い、機械化を進め、安全な醸造が主流となる。生まれるのは画一的なワインだ。

 ギリシャの零細農家ははなから、コストのかかる農薬や機械を使えない。最初から有機的に栽培するしか道がない。土地も人件費も安いから、ワイン価格は抑えられている。200以上の土着品種が栽培されている。その中でも、日本人の味覚や食卓に合うと思われるのが、白ブドウのアシルティコ(Assyrtiko)と黒ブドウのクシノマヴロ(Xinomavro)だ。世界のプロや愛好家は既に、この2品種をよく知っている。

火山島サントリーニで育つアシルティコ

 地中海のイメージから、暑い土地を想像するかもしれないが、冷涼な産地や斜面の高さを生かして、抑制のきいたワインが造られている。気候は大陸性、山岳部、沿岸部、島部の4つに大別される。国全体のアシルティコ生産量の70%を占めるサントリーニ(Santorini)は、アテネから飛行機で1時間の火山の島だ。白壁のホテルや民家が、エーゲ海を望む斜面に階段状になって張り付いている。観光客は海に沈む夕陽の撮影に夢中だ。ポル・ロジェの社長ローラン・ダルクールは新婚旅行で訪れたそうだ。

 日差しは強いが、風も強い。小柄な女性は吹き飛ばされそうてしまう。私の体験した最も強風の産地は、時速100キロのミストラルが吹くシャトー・ヌフ・デュ・パプだが、体感的にはそれに次ぐ。強風に耐えるため、ブドウ樹は地に這う籠のように仕立てて、植えられている。紀元前に起きた大噴火で、島全体が火山灰や軽石に覆われている。火山灰から派生したマンガン、砂岩、鉄などが混じり、粘土は含まれない。フィロキセラが侵入せず、高樹齢の自根の樹が生き残っている。強風とやせた土壌のおかげで、病害はほとんどなく、収量は低い。夏に吹く北風で暑さは和らげられ、畑も民家も常に水不足。ワイナリーは海水を真水に変換して、醸造に使用する。水不足、土壌、風のストレスで、収量はヘクタール当たり25ヘクトリットルを下回る。小粒の実をつけるブドウは、ゆっくりと熟して、複雑な香味を蓄える。

 アシルティコは地中海の高貴品種。味わいは、イタリア・カンパーニャのフィアーノ・ディ・アヴェッリーノやオーストリアのグリューナー・フェルトリーナーを想像してもらうといい。レモンの皮、カキ殻の香り、塩っぽいミネラル風味と酸に縁どられている。シャブリやリースリングが好きな人なら、飲めば、飲むほど、グラスが止まらない。スリムなボディだが、硬い芯が通っている。オリーブオイルで揚げたイカや太刀魚と抜群の相性だった。生ガキや刺し身ともいい。上質なシャブリの代替となる。

 ステンレスタンクで造るものが主流だが、樽醸造にも耐えられる。ロシアの皇帝に愛された甘口のヴィンサントにも仕込まれる。品質が向上したのは最近のことだ。遅摘みで酸化したワインが造られていたのを、老舗ブタリ・ワインを手掛けていたブタリス家が1989年、島にワイナリーを設立して、現代的なワイン造りを導入した。サントリーニで主要な生産者を試飲したところ、ドメーヌ・シガラス、イエア・ワインズ、エステート・アルギロス、ブタリス、ドメーヌ・ハツィダキスらが印象に残った。いずれも世界的な評価を受けている。「アシルティコには火山のエネルギーが感じられる」と生産者たちは口にする。

ジャンシス・ロビンソンMWも評価

 島のワインは面白い。3月に来日したジャンシス・ロビンソンMWは、ワインスクールで開かれた「最もエキサイティングな非主流ブドウ品種」というセミナーで、シガラスのアシルティコを紹介した。彼女はギリシャの白ワイン好きを公言している。アルコール度が低く、ミネラリーでフレッシュなスタイルのワインは、ライト&ヘルシー化が進む現代の食にマッチしている。

 アシルティコの発祥の地はエーゲ海の島々だ。ジャンシス・ロビンソンとジュリア・ハーディングMWらが刊行した大著「ワイン・グレープス」にそう記してある。この本は約1400種ものブドウ品種の起源、産地、味わいなどをまとめたワインのプロ必携の書だ。持ち歩きできない重さだが、ジャンシス・ロビンソンMWの有料サイト「パープル・ページ」http://www.jancisrobinson.com/)には、その一部が無料で公開されている。編集者出身のジュリアは、ジャンシスの著書を手伝う右腕。カリフォルニアを一緒にツアーした時に気づいた。彼女は試飲中もパープル・ページにアクセスしたままで、ワイン百科事典「オックフォード・コンパニオン・トゥ・ワイン」や「ワールド・アトラス・オブ・ワイン」を参照しながら、鋭い質問を発しているのだ。ケンブリッジ卒のジュリアはストレートでマスター・オブ・ワインに首席で合格した才媛。グローバルなトップジャーナリストの、リニアでスピーディなセンスに、目を見開かされた。

パープル・ページとワイン・アドヴォケイトはプロに欠かせない情報ツール

 パープル・ページとワイン・アドヴォケイトは英米の2大有料サイト。ジャーナリスト、バイヤー、ソムリエを問わず、世界のプロたちには欠かせないツツールだ。ITの普及で、どこの産地を旅していても、取材や取引の基礎情報として使えるようになった。パープル・ページはジャーナリスティックな記事や最新潮流が充実しているのに対し、ワイン・アドヴォケイトはワインの得点自体に意味がある。最新の正確な情報が、時間制限のある試飲や取材訪問で、最大限の成果をあげる武器となる。先の世界最優秀ソムリエコンクールの筆記試験では、「オックスフォード」からそのまま、ブドウの形状を問う問題が出たという。

 ギリシャの白ブドウでは、イオニア海のケファロニア島(Cephalonia)で栽培されるロボラ(Robola)や、内陸のマケドニアで生産されるマラグジア(Malagousia)も興味深い。赤ワインにも発見が多い。アテネに近い北ペロポネソス(Peloponnisos)のパトラス観測所の北緯は約38度。リスボンとほぼ同じだからかなり暑いが、標高の高さやエーゲ海の影響を受ける冷涼な産地を生かしている。最大のPOD(Protected designations of origin)であるネメア(Nemea)では、アヨルギィティコ(Agiorgitiko)やマブロダフネ(Mavrodaphne)から濃厚な赤ワインが造られ、南部マンティニア高原(Mantinia)からは、モスホフィレロ(Moschofilero)によるスパークリングワインも産する。

頑強なタンニンのクシノマヴロ

 赤ワインの最も重要な産地は、内陸部にある。アテネに次ぐギリシャ第2の都市テッサロニキから北へ車で2時間半。エーゲ海よりもバルカン半島のマケドニアやアルバニアとの関係が深い。PDOナウサ(Naoussa)とアミンデオン(Amyndeon)は、高貴品種クシノマヴロ(Xinomavro)が支配している。「Xino」は「Acid」、「Mavro」は「Black」という意味。酸が強く、タンニンが多い。ピノ・ノワールやネッビオーロとの類似性を指摘する声もあるが、遺伝的には独立していて、ナウサが原産とされている。

 ナウサは1971年、最初に原産地呼称の認定を受けた最も重要な産地だ。標高150-300メートルの丘陵地にある。ヴェルミオ山を越えて、西北のアミンデオンへは小1時間。アミンデオンの標高は700メートルに達し、同じ品種でもスタイルやブレンドが異なる。近い産地でも、テロワールの違いが強く反映する点は、ブルゴーニュやピエモンテを思い出させる。ナウサは大陸性気候で、アミンデオンは山岳性気候に分類されている。

 ブタリ・ワインを運営してきたブタリス家が1997年に設立したキリ・ヤーニは、両方の産地でクシノマヴロを手掛ける。ナウサのフラッグシップ「ラミニスタ 2011」(Ramnista)は、タバコ、レッドチェリー、黒キノコ、タンニンは力強いが、暴力的ではない。色調は淡く、強烈なグリップ、しっかりした骨格に支えられている。対するアミンデオンの「カリ・リーザ 2013」(Kali Riza)は、ブラックベリー、鉄、漢方薬、ややドライなタンニンだが、スムーズなテクスチャー。明るい酸があり、フィニッシュは統合されている。風土の違いが明確に表現されていた。

 キリ・ヤーニのチーフ・ワインメーカーのミハリス・ブタリスは、カリフォルニア大デイヴィス校で醸造を修め、現代的な栽培と醸造の手法を導入している。「ナウサは60ヘクタールのケイティマ(Ktima=自社畑)を40区画に分けて管理し、個別に醸造している。アミンデオンはナウサより地価が安く、自根の70-80年の古木が植えられている。将来の可能性がある」と語る。

 アミンデオンはヴェルミオ山の北西向き斜面に位置し、ギリシャで最も冷涼な産地。冬季は山に雪が積もり、スキー客が訪れる。現地で会った生産者の家族には、アルペンスキーのオリンピック選手が多かった。ギリシャの風土の多様性を実感した。クシノマヴロはメルロやシラーともブレンドされる。ロゼのスティルワインやスパークリングワインにも仕込まれる。ロゼはやや残糖があるが、スパイシーな料理と合わせると面白そうだ。この産地のマラグジアやシャルドネも、冷涼感があっていい。

 クシノマヴロは頑強なタンニンを持つため、しなやかに抽出する現代的な処理がポイントになる。コンクールや試験のブラインド・テイスティングでは、しばしばネッビオーロと間違えられる。ブタリ・ワインの「グランド・レゼルヴ ナウサ 1993」や、ナウサが原産地呼称に認められた年の「ナウサ 1971」を試飲する機会を得た。しおれたバラの花びら、タバコ、熟成した牛肉の香る、まさにバローロだった。モダン・バローロがネッビオーロを増やしたように、モダンなクシノマヴロは世界に拡大していく可能性を秘めている。

現代の潮流にマッチするギリシャワイン

 ギリシャワインは、現在の世界のワイン潮流にマッチする要素を備えている。土着品種、冷涼な産地、低アルコール度、有機栽培……ワインの世界ではスモール・イズ・ビューティフルが尊ばれがちだが、ギリシャワインも現在のバランスを保ちながら、産業的になりすぎずに、発展していくことが望まれる。ギリシャに2人しかいないマスター・オブ・ワインの1人ヤニス・カラカシスMWは「サントリーニでは国際品種も増えているが、ギリシャワインの将来は土着品種にある。ミシェル・ロランら国際的な醸造コンサルタントを雇っているワイナリーも一握りだ」と語る。

 アシルティコとクシノマヴロのワインが、各国のコンクールで入賞するケースも増えている。その魅力は、英米では、10年以上前から注目されてきた。1つの産地が光を浴びる背後には、生産者団体のプロモーションが存在する。財政危機でEUの悩みの種となっているギリシャだが、日本市場も次のターゲットにしているようだ。私がギリシャワインに気づいたきっかけは、英国のジャンシス・ロビンソンMWと米国のエリック・アシモフの記事だった。ジャンシスはファイナンシャル・タイムズ紙やパープル・ページで紹介し、ニューヨーク・タイムズのアシモフは紙面で書いてきた。国際市場に影響力のある2人の記事は、ウェブサイトでも読める。世界のトレンドを知るために、日ごろからチェックするといい。

 冒頭に登場した梁世柱さんは「ニューヨークのソムリエは、素晴らしいワインは知っていて当然という意識がある。その上で、クリエイティブかつガストロノミックなワインペアリングを提供するという部分で競争している。そこで発見された新しいワインペアリングのアイデアも隠さない」と語る。ITの進化を例に引くまでもなく、情報の共有と健全な競争意識は発展の原動力だ。日本もそうあってほしい。

肩書は当時のまま。
サントリーニ島からエーゲ海に沈む夕日を眺める
地を這うようなバスケット仕立てで育てるアシルティコ
ナウサの自社畑に立つキリ・ヤーニのワインメーカー、ミハリス・ブタリス
4つの湖が温度調整機能を保つアミンデオン
「土着品種がギリシャの将来」とイアニス・カラカシスMW

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