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ヴィノテーク2012年12月号
ワインは農産物だが、直売所で売る野菜や果物とは違う。多かれ、少なかれ、マーケティングが必要になる。ラベルの差別化に始まり、価格政策から宣伝まで、消費者の要望に応える努力を全くしない造り手はいない。そのマーケティングが最も進んだワインがシャンパーニュだ。
雑誌の広告に始まり、テレビドラマの露出、F1表彰台のシャンパン・ファイトまで、ブランド性を高める様々なプロモーションが試みられてきた。だが、世界に最も拡散する媒体と言えば、映画をおいてほかはない。古くは「カサブランカ」のハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマンで有名なマム・コルドン・ルージュから、最近の「セックス&ザ・シティ」のドン・ペリニヨンまで、多くの場面が思い浮かぶが、007ほど成功したケースはない。ボランジェはジェームズ・ボンドの愛飲するシャンパーニュとして、イギリス、アメリカはもちろん、アジアにも定着している。50周年記念作品「スカイフォール」まで続く歴史を備える。
ワインに限らず、ブランド・マーケティングがここまで長続きした例はない。ボランジェを訪ねると、最近は007映画に登場する場面を集めたDVDをプレゼントしてくれるほどだ。しかし、このDVDを観ると、奇妙なことに気づく。初期の作品にはボランジェのボトルが映らないのだ。実はシリーズ23作中で、ボランジェが登場するのは13作にすぎない。ボランジェを前面に押し出すようになったのは、ポール・マッカートニーの主題曲で有名な1973年の「死ぬのは奴らだ」から。その後は1979年の「ムーンレイカー」、1983年の「オクトパシー」に続いて、1989年の「消されたライセンス」まで、ボランジェR.D.がひんぱんに登場する。1995年の「ゴールデン・アイ」以降は、グランダネがよく使われるようになった。
ショーン・コネリーが男くさい魅力をまき散らした1962年の第一作「ドクター・ノー」には、ドン・ペリニヨン1955年が登場した。1963年の「ロシアより愛をこめて」のオリエント急行の食事場面には、テタンジェのコント・ド・シャンパーニュを飲む場面がある。1957年に市場にデビューしたから、当時は珍しいブラン・ド・ブランとしてヒップな存在だったに違いない。ドン・ペリニヨンは1964年の「ゴールドフィンガー」、1974年の「黄金銃を持つ男」にも登場する。ボンドのシャンパーニュの好みは女性と同じく、移り気だった。それが何故、ボランジェに落ち着いたのか。男性的な味わいが、ボンドに合っていたという理由だけでは説明できない。
映画作品中に、商品を盛り込む手法はプロダクト・プレイスメントと呼ばれるが、それが盛んになったのは、1980年代以降のハリウッド映画の大作化や製作費の高騰と軌を一にしている。ボランジェを作品中で使うのは、映画プロデューサーのブロッコリ一族との関係が深かったからと言われるが、それだけではないだろう。ジェローム・フィリポン社長は、タイアップに伴う資金供与はないとコメントしているが、真相を聞いてみたい。007映画は、2006年の「カジノ・ロワイヤル」にシャトー・アンジェリュス1982年が登場したように、流行のブランドをとり上げるのにたけている。最新作「スカイフォール」には、シャンパーニュと並ぶボンドの好物ウォッカ・マティーニに代わって、ハイネケンのビールが登場する。これはハイネケンが巨額のスポンサーとなったためだ。主演男優のダニエル・クレイグがそう説明している。
ただ、ボンドがボランジェを好むのは、イメージには合っている。クリュッグならどうか。少しスノッブすぎる。生産量が多くないから、どこのホテルにも常備していないだろう。微妙に酸化した味わいは、ラヴ・アフェアで女性をくどくのには向いていない。うんちくを披露するオタクにあっている。ドン・ペリニヨンは大量すぎて、ありがたみがない。世界中どこに行っても見かける。ドンキホーテからマカオのカジノまで。ボンドガールもごちそうされても、ありがたみがないだろう。クリスタルならどうか。色っぽい場面には最も合っているが、これもどこのホテルにも置いていない。オレンジのセロファンをはがすのが面倒くさそうだ。ついつい飲み過ぎて、酔っぱらってしまいそうだ。それでは、スパイは務まらない。
そもそも、現代のスパイは禁欲的でなければ生き抜けない。「ミッション・インポシブル」のトム・クルーズは、シャンパーニュやワインを飲んでいる余裕などない。007はある種のファンタジーだ。
ボランジェは50周年を記念して、グランダネ2002を銃のサイレンサーを模したコンビネーションロック・キーつきのギフトボックスに収めた「002 フォー 007」を発売した。今風の言葉で言えば、007映画とボランジェはウィン・ウィンの関係になるのかもしれない。
マーケティングそれ自体は悪ではない。イエローテイルのように、消費者にイメージの伝わりやすい動物ラベルを採用するだけでも商品はヒットする。結局は、中身がよくなければ売れないのだから。ボンド映画は中国で人気が高いため、ボランジェ側はプロモーション効果を期待しているという。ボルドー、ブルゴーニュに続いて、シャンパーニュ争奪戦と価格の高騰が始まるのはうれしくないけれど……。
肩書は当時のまま。
ワインは農産物だが、直売所で売る野菜や果物とは違う。多かれ、少なかれ、マーケティングが必要になる。ラベルの差別化に始まり、価格政策から宣伝まで、消費者の要望に応える努力を全くしない造り手はいない。そのマーケティングが最も進んだワインがシャンパーニュだ。
雑誌の広告に始まり、テレビドラマの露出、F1表彰台のシャンパン・ファイトまで、ブランド性を高める様々なプロモーションが試みられてきた。だが、世界に最も拡散する媒体と言えば、映画をおいてほかはない。古くは「カサブランカ」のハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマンで有名なマム・コルドン・ルージュから、最近の「セックス&ザ・シティ」のドン・ペリニヨンまで、多くの場面が思い浮かぶが、007ほど成功したケースはない。ボランジェはジェームズ・ボンドの愛飲するシャンパーニュとして、イギリス、アメリカはもちろん、アジアにも定着している。50周年記念作品「スカイフォール」まで続く歴史を備える。
ワインに限らず、ブランド・マーケティングがここまで長続きした例はない。ボランジェを訪ねると、最近は007映画に登場する場面を集めたDVDをプレゼントしてくれるほどだ。しかし、このDVDを観ると、奇妙なことに気づく。初期の作品にはボランジェのボトルが映らないのだ。実はシリーズ23作中で、ボランジェが登場するのは13作にすぎない。ボランジェを前面に押し出すようになったのは、ポール・マッカートニーの主題曲で有名な1973年の「死ぬのは奴らだ」から。その後は1979年の「ムーンレイカー」、1983年の「オクトパシー」に続いて、1989年の「消されたライセンス」まで、ボランジェR.D.がひんぱんに登場する。1995年の「ゴールデン・アイ」以降は、グランダネがよく使われるようになった。
ショーン・コネリーが男くさい魅力をまき散らした1962年の第一作「ドクター・ノー」には、ドン・ペリニヨン1955年が登場した。1963年の「ロシアより愛をこめて」のオリエント急行の食事場面には、テタンジェのコント・ド・シャンパーニュを飲む場面がある。1957年に市場にデビューしたから、当時は珍しいブラン・ド・ブランとしてヒップな存在だったに違いない。ドン・ペリニヨンは1964年の「ゴールドフィンガー」、1974年の「黄金銃を持つ男」にも登場する。ボンドのシャンパーニュの好みは女性と同じく、移り気だった。それが何故、ボランジェに落ち着いたのか。男性的な味わいが、ボンドに合っていたという理由だけでは説明できない。
映画作品中に、商品を盛り込む手法はプロダクト・プレイスメントと呼ばれるが、それが盛んになったのは、1980年代以降のハリウッド映画の大作化や製作費の高騰と軌を一にしている。ボランジェを作品中で使うのは、映画プロデューサーのブロッコリ一族との関係が深かったからと言われるが、それだけではないだろう。ジェローム・フィリポン社長は、タイアップに伴う資金供与はないとコメントしているが、真相を聞いてみたい。007映画は、2006年の「カジノ・ロワイヤル」にシャトー・アンジェリュス1982年が登場したように、流行のブランドをとり上げるのにたけている。最新作「スカイフォール」には、シャンパーニュと並ぶボンドの好物ウォッカ・マティーニに代わって、ハイネケンのビールが登場する。これはハイネケンが巨額のスポンサーとなったためだ。主演男優のダニエル・クレイグがそう説明している。
ただ、ボンドがボランジェを好むのは、イメージには合っている。クリュッグならどうか。少しスノッブすぎる。生産量が多くないから、どこのホテルにも常備していないだろう。微妙に酸化した味わいは、ラヴ・アフェアで女性をくどくのには向いていない。うんちくを披露するオタクにあっている。ドン・ペリニヨンは大量すぎて、ありがたみがない。世界中どこに行っても見かける。ドンキホーテからマカオのカジノまで。ボンドガールもごちそうされても、ありがたみがないだろう。クリスタルならどうか。色っぽい場面には最も合っているが、これもどこのホテルにも置いていない。オレンジのセロファンをはがすのが面倒くさそうだ。ついつい飲み過ぎて、酔っぱらってしまいそうだ。それでは、スパイは務まらない。
そもそも、現代のスパイは禁欲的でなければ生き抜けない。「ミッション・インポシブル」のトム・クルーズは、シャンパーニュやワインを飲んでいる余裕などない。007はある種のファンタジーだ。
ボランジェは50周年を記念して、グランダネ2002を銃のサイレンサーを模したコンビネーションロック・キーつきのギフトボックスに収めた「002 フォー 007」を発売した。今風の言葉で言えば、007映画とボランジェはウィン・ウィンの関係になるのかもしれない。
マーケティングそれ自体は悪ではない。イエローテイルのように、消費者にイメージの伝わりやすい動物ラベルを採用するだけでも商品はヒットする。結局は、中身がよくなければ売れないのだから。ボンド映画は中国で人気が高いため、ボランジェ側はプロモーション効果を期待しているという。ボルドー、ブルゴーニュに続いて、シャンパーニュ争奪戦と価格の高騰が始まるのはうれしくないけれど……。
肩書は当時のまま。
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