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「アメリカを作った」スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ創業者のウォーレン・ウィニアルスキーが死去

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 1976年のパリ・テイスティングでボルドーワインを打ち負かしたスタッグス・リープ・ワイン・セラーズの創業者で、ナパヴァレーを象徴するワインメーカーだったウォーレン・ウィニアルスキーが7日、自宅で安らかに亡くなった。95歳だった。


 ウィニアルスキーは1928年生まれのポーランド系移民。シカゴ大で政治学を学び、講師をしていたが、ワイン造りに興味を持ち、1964年に夫妻でナパヴァレーに移住した。1966年から2年間は設立間もないロバート・モンダヴィ・ワイナリーで、兵役についていたマイケル・モンダヴィに替わってワインを造った。


 1970年にスタッグス・リープの土地を購入し、翌年に植えた台木に接ぎ木した。1972年に初めて実をつけ、2度目の収穫となる73年から造ったワインを、1976年のパリ・テイスティングに出品した。赤ワイン部門のブラインド・テイスティングで、ムートン・ロートシルトやオー・ブリオンを破り、ワインの世界地図を塗り替えた。


 樹齢3年のスタッグス・リープがボルドーの1級シャトーを破った理由ついて、ウォーレンは「カリフォルニアでは長らく、果樹などを植えていたが、我々の畑は200年間、何も植えていなかった。ブドウが均等に完熟した。その画一性があったからではないか」と、2017年にインタビューした際に語っていた。

 

 フランス勢を打ち負かしたスタッグス・リープ・ワイン・セラーズの「ナパヴァレー カベルネ・ソーヴィニヨン 1973」は「アメリカを作ったワイン」として、ワシントンのスミソニアン博物館に保存されている。


 歴史的イベント「パリスの審判」で新興産地のカリフォルニアが勝利したのは、ワインのグローバル化の源流であり、ベルリン・テイスティングのような”オリンピック・スタイル”の試飲会を流行させた。


 だが、”アメリカン・ドリーム”を実現したウィニアルスキーは跡継ぎ問題で悩んだ末に2007年、シャトー・サン・ミッシェルとマルケージ・アンティノリに、スタッグス・リープ・ワイン・セラーズを売却した。アンティノリは2023年5月、ワイナリーの完全所有権を取得した。


 セラーを売却後はクームズビルのアルカディア・ヴィンヤーズを所有していた。


 学者らしい博識と醸造家としての技能を備えるウィニアルスキーは、オーパス・ワンのワインメーカー、マイケル・シラーチやジョン・コングスガードら多くのトップワインメーカーに慕われた。2017年、カリフォルニア州の殿堂入りした。


 歴史研究や環境保護に熱心で慈善活動に力を入れた。スミソニアン協会のアメリカ食品史プロジェクト、UCデイビス図書館への寄贈、気候変動に適応するためのアメリン&ウィンクラー指数の研究などに大金を寄付した。

知識人かつ醸造家のウォーレン・ウィニアルスキー 2017年撮影

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