初体験「俺のフレンチ」、2か月でボランジェを6000本売る秘密は

　ワインもレストランも体験してみないとわからない。増殖中の「俺のフレンチ」。予約不可、立ち食いなどのイメージがあって敬遠していたが、ワイン業界の方と一緒に初めて訪れた。東京・銀座一丁目の銀座通りに面したビル地下の「TOKYO」店。ここは着席で、オペラ歌手のライブ演奏も入っている。料理のヴォリューム感と客席の熱気に圧倒された。

　特別に持ち込ませていただいたワインは3銘柄。シャンパーニュの「アンフロレッサンス　ブラン・ド・ノワール　コート・ド・ヴァル・ヴィレーヌ」、バンジャマン・ルルーの「シャサーニュ・モンラッシェ　プルミエクリュ・レザンバゼ　2010」、メゾン・ロッシュ・ド・ベレーヌの「クロ・ドヴージョ　1996」。これに、レストランにおまかせした料理を合わせた。

　原価率の高さがよく言われる。確かに、高級食材を惜しみなく使っている。高級食材商社のアルカンから仕入れているそうだ。「オマール海老のゼリー寄せ」の材料は、カナダ産ロブスターではなくブルターニュ産のオマール・ブルー。味わいの純粋さ、深み、複雑さがある。

　フォアグラは4通りの皿を味わった。「鰻とフォアグラのテリーヌ　山椒の香り」（880円）、「豆腐とフォアグラのスペシャルコロッケ」（888円）、「フォアグラのソテー　塩バターとキャラメルソース」（1280円）、「牛フィレとフォワグラのロッシーニ」（2480円）。一晩でこんなフォアグラ尽くしは、アルザスで食事した時以来だ。半年は食べなくてもいい。

　ここはフランスに浸透した「ビストロ」と「ガストロノミー」を合わせた「ビストロノミー」ではない。高級食材を使った美食（ガストロノミー）を、いかに安く提供できるかという戦いに挑んでいる。フォアグラやオマール、子羊の料理は、これぞ伝統フレンチの王道。初心者がここで、フランス料理の魅力に目覚めるかもしれない。
　セドリック・ブシャールが手掛けるアンフロレッサンスは、2010年収穫で、デゴルジュマンは2012年4月。オリ抜き後に4年の熟成を経ているが、素晴らしくフレッシュでピュアな果実。ピノ・ノワール100％とは思えないエレガンスがある。何度も飲んだベーシックなキュヴェだが、常に安定している。自社畑となった現在は、この畑はローズ・ド・ジャンヌとして仕込んでいる。

　バンジャマンのレザンバゼの畑は、サントネイとの境界にあり、モレ一族からブドウを購入したものだろう。シャサーニュ・モンラッシェらしいまろやかさと柔らかさ。飲みごろに入っている。2年前に試飲した時より硬さがとれたが、芯はしっかりある。オマールともフォアグラのソテーとも合わせられる懐の深さ。
　ニコラ・ポテルがネゴスで仕込んだクロ・ドヴージョは、1996年らしいタンニンの硬さを残しているが、ブラックチェリー、メントール、腐葉土の複雑な香りがあり、テクスチャーは柔らかい。
　この店は1晩で楽に3回転する。多い時で1日に延べ1900席が埋まるという。ワインの値付けは良心的で、シャンパーニュ・ボランジェのフェアを行った時は、2か月で6000本を売ったそうだ。客単価は約5000円。料理が安ければ、ワインにもお金を使える。「2時間制」という時間制限に文句を言う”グルメ”もいるだろうが、高い回転率が値段を支えているのだから、そこは妥協するしかない。サービスは行き届いている。一流レストランから移ってきたソムリエや料理長も多い。
　フレンチは既に特別な料理ではない。普及に伴って、様々な形態が登場するのは必然だ。年に1度の記念日に2万円払って高級店に行くより、気兼ねなく何度もフォアグラを食べたいという若者は多いだろう。この夜は20、30代の女性客でにぎわっていた。居酒屋感覚で使え、フレンチの敷居を下げた。飲食業界の関係者は一度は訪れた方がいい。発見がある。「俺のフレンチ」が増える限り、フレンチ・レストラン業界の地殻変動は止まらないだろう。

2016年3月23日　東京・銀座の「俺のフレンチ　TOKYO」で

シャンパーニュ　アンフロレッサンス　ブラン・ド・ノワール　コート・ド・ヴァル・ヴィレーヌ　デゴルジュマン2012年4月
92点
バンジャマン・ルルー　シャサーニュ・モンラッシェ　プルミエクリュ・レザンバゼ　2010
90点
メゾン・ロッシュ・ド・ベレーヌ　クロ・ドヴージョ　1996
89点