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2019年「Sommelier」172号
焼酎、日本酒、ウイスキー、ワイン
スケール大きな事業展開
自分のふだんの取材の安直さを反省させられた。国内外を問わず、生産者の取材は通常、数時間で終える。栽培や醸造の仕事の合間をぬって時間をもらうから、短時間に収めたいという思いがある。だが、西酒造では半日がかりでも不十分に思えた。西社長の事業が、想像を超えて広がっているからだ。
鹿児島空港から九州自動車道を南西に小1時間。日置市の山中に1世紀半を超す歴史を誇る西酒造がある。「富乃宝山」で知られる芋焼酎の名門だ。威風堂々とした本社に驚いたのはただの序章だった。10分走ると、2020年春の発売を目指す日本酒蔵が建設中だった。
すぐ近くに所有する鹿児島ゴルフリゾートでは、ウイスキーの蒸留施設がこれまた建設中だった。日本だけではない。ニュージーランド・マーティンボロに取得した「グラッドストーン アーラー」では、昨年からワイン生産を手がけている。
焼酎、ウイスキー、日本酒、ワイン……国を超えて、幅広く醸造、蒸留酒を生産している。こんな造り手は日本はもちろん、世界にもなかなか見つからない。そのどれもが産業的ではなく、職人的なスタイルで品質を追求している。西はウイスキー蒸留所から見下ろせる桜島のように、スケールが大きいが、型破りな人物でもある。
東京農大時代に「富乃宝山」を開発
焼酎ブームに火をつけた「富乃宝山」は、西が東京農業大学醸造学科に通っていた4年生の時に生み出した。フルーティでバー・カウンターにも似合う芋焼酎を目指して、吟醸酵母を用いて、低温発酵させた。芋は食用にも使われている黄金千貫。優しい香りと口当たりの新たな焼酎を生み出す過程で、仲間たちとの交流から受けた刺戟が糧となった。
山形・高木酒造で銘酒「十四代」を生んだ杜氏、高木顕統(たかぎ あきつな)は先輩だった。酒造りをめぐって、様々な議論をした。付き合いは長く続いており、それが今回の日本酒醸造プロジェクトに乗り出したことにつながっている。
建設中の蔵は、その高木氏の助言を受けて作られている。美味しい日本酒を造るための素材と工夫をこらした最新の設備を導入している。杜氏は長野・下諏訪で「御湖鶴(みこつる)」をオーナー杜氏として仕込んでいた近藤昭等である。
「社長が挑戦させてくれるのだからありがたい。これだけの施設があると、いい酒を造らないと、というプレッシャーも大きい」
若いスタッフにどんどん任せて成果を得るのも西の仕事術だ。ウイスキーの責任者も威勢のいい若者だ。部下を信頼して、仕事を分担しなければ、1人で同時に4つのプロジェクトを進行させるのは難しい。
「私も不安はあるんですよ。コングロマリットなわけではないし。でも、始まった以上は気合を入れないと達成できない。自分の本質は、実業家というより職人です。我々は愛のある職人集団です。愛とは妥協しないという意味です。蔵人全員がお客様の笑顔のために働いています」
西の口からよく出てくるのは「愛」と「気合」である。
「富乃宝山」「吉兆宝山」「天使の誘惑」など代表的な12銘柄を、黒いグラスで試飲した。それぞれが独自の個性を備え、最終的な着地点に向かって焦点が合っている。
その土台となっているのが農業だ。杜氏が醸造をするのは芋が収穫される夏から12月ごろまで。1月に入ると畑に出て米や芋の仕込みをしている。自社栽培が基本だ。年間を通じて焼酎造りをしているのだ。焼酎や日本酒の世界では珍しいが、ワイン造りの世界では当たり前のことだ。
NZマーティンボロでワイン生産
西は若い頃からあらゆるアルコールを口にしてきた。大学ではまわりが酒蔵の後継者ばかりだったから、酒をよく飲んだ。居酒屋で安ワインも飲んだ。いつかはワインを造りたいという思いがあったが、赤ワインについては外国の方が気候や土壌が恵まれているのは確かだ。美味しい酒を造ることに妥協はしたくなかった。
また、現在、自分が手がける酒を美味しくする手がかりはないかと、ワインの産地としてフランス、ナパヴァレー、オーストラリアを訪れてきたが、近年になってニュージーランドに足を運ぶ機会が増えていた。
そんな折、北島マーティンボロ・グラッドストーンのアーラーと縁ができた。ニュージーランドのマーティンボロは日本が誇るクスダワインズの本拠地。セントラル・オタゴのサトウ・ワイン、マールボロのフォリウム、キムラ・セラーズなど、優れた日本人のワインメーカーが活躍している国だ。
グラッド・ストーンの気温は朝が8度、昼間は30度と日較差が大きい。ソーヴィニヨン・ブランとピノ・ノワールで知られている。
ある時、オーナーのアンガス・トムソン、栽培醸造家の小山浩平の3人で食事をしていた。トムソンが切り出した。
「ワイナリー経営を引き受けてくれないか」
ワインは造ってみたいが、やる以上は繁盛させないといけない。トムソンは経営者としてはちょっと足りないところがある。悩んだ。
小山が力強く、西を説得した。
「一緒にやりましょう。私が責任を持ってワインを造りますから」
これで心が固まった。
日本だけでも手一杯なところに、新たなプロジェクトがまた一つ加わった。
アーラーはバイオダイナミックスに取り組んでおり、ニュージーランドのオーガニック認証「BioGro」を受けている。果実味主体ではなく、テクスチャーとミネラル感を味わうタイプ。現地でも、新たな日本人プロジェクトとして注目を集めている。
危機を乗り越えて前進
ここまでの話だけ聞くと、挑戦心を抱いてガンガン攻めるエネルギッシュな経営者の姿が思い浮かぶだろうが、西は酒造りの現場を離れると、営業マンの顔に切り替わる。全国を飛び回って、自社産品を広めるのはまた別の楽しみなのだという。
会社は最初から順調だったわけではない。大学卒業後、蔵に戻ったころは、桶売り主体で資金繰りは厳しかった。本社の刷新に投資も必要だった。
最大のピンチは、2008年に起きた事故米騒動だ。米粉加工業者の不正にまきこまれた被害者だったが、消費者への責任を果たすため、「薩摩宝山」を自主回収した。悔しさでいっぱいになった。危機感を感じながらも、社員を「大丈夫だから」と励ました。
しかし、危機を乗り越えたからこそ、現在の西がある。米や芋栽培を自前でやるようになったのも、それが一番安全な方法だからだ。
西酒造の社内を歩くと、社員だれもが明るい笑顔であいさつしてくる。醸造所はピカピカに輝いていて、クラシックのBGMが流れている。ラボラトリーは公共の施設
をしのぐ分析力を備えている。
西は4人兄弟で唯一の男だった。部活動では空手や陸上をしていた。だれにも負けたくないという気概は人一倍強い。情緒ある日本庭園もある西酒造本社、最新設備を備える日本酒蔵、桜島を見下ろすゴルフ場にあるウイスキーの蒸留所。将来はこれらをつないだツーリズムを展開しようという夢を抱いている。
進行中の本格的な施設の仕上がりを見ているだけでも、その構想が実を結ぶ日は近いと思える。
60人の社員を情熱と馬力で巻き込みながら前に進む。日本の南端にいながら、世界を巻き込んだ設計図を着実に現実のものにしている。
西 陽一郎(にし・よういちろう)
東京農業大学農学部醸造学科卒。西酒造8代目。NZの「グラッドストーン アーラー」でワイン造りも手掛ける
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