- FREE
4月のある土曜日の夜。シャンパーニュのメゾン、ルイ・ロデレールのゲストハウスに10人が集まった。ここは、メゾンのオーナーであるフレデリック・ルゾーが所有する、ランスの街で最も美しいといわれる個人邸宅だ。4月半ばとはいえ、翌朝は気温が零下に下がり、ブドウ畑では霜のリスクが予想されるほど冷え込んだ。ホストである醸造長ジャン・バティスト・レカイヨンは、「皆さんの熱気でブドウ畑を温めてください」と言っていた。
年に1回、4月にランスで数々の試飲会やイベントが行われる。シャンパーニュ・ウィークと呼ばれる「Le Printemps des Champagnes」のために、シャンパーニュの専門家が世界各地から集まる。このディナーでも、スイス、イタリア、シンガポール、ボストン、デトロイト、そして地元シャンパーニュ在住のジャーナリスト……多彩な国の顔ぶれが揃った。
2018は30年間で最高のヴィンテージ…ジャン・バティスト・レカイヨン
まず、セラーのテイスティング・ルームで、畑の区画ごとに醸造された、2018年のベースワインのうち、ピノ・ノワールとシャルドネ、約30種類(約50ヘクタール相当)を試飲した。
2018年は、ジャン・バティストにとって、「シャンパーニュ造りを始めてから30年間でベストのヴィンテージ」となった。今回は、幸運にも、各キュヴェの最終ブレンド、さらに、今年初めて仕込むメニル村の単一畑「Volibart」からのコトー・シャンプノワ・ブラン(スティルワイン)も試飲できた。
ルイ・ロデレールでは、長年にわたって、農法の効果を比較するため、同じ区画でコンヴェンショナル(慣行)農法と、ビオディナミ農法を隣り合わせでおこなっている実験的な畑がある。今回は、同じ区画で育てたオーガニック農法とビオディナミ農法、それぞれのワインをブラインドで試飲した。違いは明確。個人的には、ビオディナミのワインのほうが、果実の凝縮と緊張感(tension)がより感じられた。
2018年のシャンパーニュは、収量が多い豊作の年となったが、ルイ・ロデレールでは質も高い。20年近くかけて取り組んできた、畑での根本からの改善の成果が明確に出ている。
とくに、クリスタルは、クリスタル用の全区画からのワインすべてを使用する特別な年となった。最近では、2015年と2002年がすべてのワインをブレンドした年で、ジャン・バティストが言うところの「自然が人間の英知を超えた年」だ。毎年、ブレンドを決めるときには、全ワインのブレンドに加えて、様々な組み合わせで何種類ものブレンドを造り、チームで目隠し試飲し、最良のものを選ぶ。
ブレンド作業は、研ぎすまされた集中力、経験とスキルを要し、またメゾンの醸造長の腕の見せ所でもある。シャンパーニュの大手メゾンの醸造長は、数百種類ものワインを何ヶ月にもわたり、何度も試飲し、様々な組み合わせを試して、最適なブレンドを決める。30年の経験を持つジャン・バティストにとっても、特にクリスタルのブレンド作業は、「毎年が新たな挑戦であり、白紙からのスタート」だと言う。
ビオディナミで栽培するシャンパーニュ地方最大の「ドメーヌ」
ルイ・ロデレールの「クリスタル」は、古い歴史を持つシャンパーニュを代表するプレスティージュ・キュヴェだ。
ブドウ品種の構成は、年によって多少の違いはあるが、ほぼピノ・ノワール60%、シャルドネ40%。2018年のブレンドは、シャルドネが43%と例年より多い。ルイ・ロデレールの場合、NVのブリュット・プルミエ以外は自社畑のブドウから造られるが、その自社畑も各キュヴェごとに決まっている。それぞれの自社畑は、ブドウ栽培の段階から、そのキュヴェにあわせた栽培方法を取っている。
自社畑の特定の区画からシャンパーニュを造る。ルイ・ロデレールが、シャンパーニュ地方最大の「ドメーヌ」あるいは「ビオディナミ・オーガニックの栽培生産者(グローワー)」と呼ばれる所以である。その土地ごとの個性を大事にしたワイン造りにも取り組んでいる。例えば、ヴィンテージのブラン・ド・ブランは、ジャン・バティストの代になって使用する区画を変更し、2009年からアヴィーズの4区画から造る。アヴィーズのテロワールを表すのが目的だ。また、デザイナーのフィリップ・スタルクとのコラボレーションが斬新だった「ブリュット・ナチュール」は、キュミエール村のビオディナミ栽培(認証を取得している畑だがボトルにはあえて記載していない)の単一区画で育つ主要ブドウ3品種をフィールド・ブレンドして造るワインだ。
クリスタル用の畑は「クリスタル・ドメーヌ」と呼ばれる。主にグラン・クリュ村にあり、ルイ・ロデレールが持つ広大な自社畑の中でも最良の区画が選ばれている。シャンパーニュ地方の特徴的な土壌である石灰質が多い場所でもあり、結果的に長期にわたり熟成するワインを生む。ピノ・ノワールは、ヴェルズネイ、ヴェルジー、ボーモン・シュール・ヴェール、アイ村の畑から。
特に、北向き斜面のヴェルズネイの「Pisserenard」区画は、ワインに骨格とフィネスを与え、クリスタルの屋台骨となる重要な存在だ。アイ村のピノ・ノワールは、南向きで日当たりがよく、より芳醇で柔らかい果実味を与える。シャルドネは、クラマン、アヴィーズ、メニルといった、コート・デ・ブラン地区の銘譲村から収穫される。樹齢も平均45年と高く、古いものでは70年を超える。植え替えられたあと、若木の間は、クリスタルにはブレンドされない。樹齢が高いため、根は地中深くまで伸び、収量は低く、ブドウは凝縮したフレーバーを持つ。
先代の社長にして醸造長だったジャン・クロード・ルゾーが発案し、1974年から造られているクリスタル・ロゼは、4区画からのワインから造られる。シャルドネはメニル村とアヴィーズ村から。ロゼ用のワインは、アイ村の「ラ・ヴィレール」(La Villers)という南向きの斜面の中腹にあるベスト・ポジションの区画のピノ・ノワールから造られる。ここは、20年前に植え替えられた区画だが、長い時間を経て、ビオディナミに切り替え、2018年に初めて、クリスタル・ロゼとしてブレンドされた。
クリスタルは、その求められる品質をみたす年にしか造られない。一貫したスタイルである、フィネスとピュアさを維持しながら、収穫年の個性を反映させる。クリスタルが造られなかった年は、クリスタル用のベースワインは、リザーヴ・ワインとして地下セラーで、大樽で保管され、数年後にNVブリュット・プルミエにブレンドされる。これは、ブリュット・プルミエの美味しさの秘密の一つだ。
クリスタルは、10年近い時を経てからリリースされても、若いうちはその繊細さゆえ、わかりにくい場合もある。アメリカ人のシャンパーニュ専門家、ピーター・リエムは、「最も誤解されているシャンパーニュ」だという。現醸造長としても、長きにわたり熟成できるワイン造りを目指している。醸造方法も、例えば、基本的に、マロラクティック(MLF)はおこなわれず(年によっては自然に部分的に起きる)、2018年のクリスタルもMLFはゼロだ。
2018年はさらなる転換の年
長年、シャンパーニュ地方の先駆者として、オーガニックやビオディナミ農法に取り組んできたルイ・ロデレールだが、2017年は、ブラン・ド・ブラン、クリスタルとクリスタル・ロゼ用の畑(計・約127ヘクタール)すべてをオーガニック栽培することに成功した。そして、2018年はそれらの畑のオーガニック認証手続きを開始するという強い決断を下した。大手メゾンが、この規模で認証手続きに踏み切るというのは、シャンパーニュ地方全体としても大きな意味がある。ちなみにジャン・バティストは、シャンパーニュ委員会の技術委員会のトップも務め、シャンパーニュ地方全体の底上げにも貢献する。オーガニック認証は、認証手続きに入ってから、最低3年かかる。ルイ・ロデレールの場合、2020年には認証手続きが完了し、認証を取得することが期待される。
(文・写真:島 悠里)
[続く]
購読申込のご案内はこちら
会員登録(有料)されると会員様だけの記事が購読ができます。
世界の旬なワイン情報が集まっているので情報収集の時間も短縮できます!