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「この周りの9割の生産者たちは、機械で収穫しているんだ」
運転中のペーター・ヤコブは少し声を荒げた。
「まあラインラント全体で見たら、7割ぐらいだろうけれども」
少し無言になった後、付け加えた。
不得意な英語での会話は苦手で仕方ないという感じだった彼が、他の生産者の話題になると、突然饒舌になったのには驚いた。
「機械収穫をする人々は、決まって畑の仕事を機械化しようとする。でも、そういうブドウは食べればすぐに、全然熟していないのがわかる」
ドイツ・ラインガウ地方エストリッヒ村のペーター・ヤコブ・キューン醸造所を訪れた。9月9日にして既に収穫は、中盤に差し掛かっている。当主ペーター・ヤコブに収穫場所まで連れてきてもらった。収穫人は24人余り。和気あいあいと、よく熟れたリースリングを収穫している。ヴィースバーデンまで続く広い平地のブドウ畑で、収穫を始めている生産者は他に見当たらない。
それもそのはず、すぐ横の生産者のブドウと食べ比べてみると、熟度が全く違う。彼らは誰よりも早い収穫だが、誰よりも高いアルコール度のワインを作る。彼のリースリングを初めて飲んだときに、ドイツワインっぽくないと思った。高いアルコールとドライで芯の強い味わい。アルザスの村名や、もしくはオーストリアならカンプタールのような、少し控え目だが、その奥に強い個性を湛えたワインである。
ワイナリーはこの村に約230年続く家系で、当主のペーター・ヤコブは11代目である。1991年のドイツ・リースリング・コンクールでエストリッヒャー・ドースベルグが賞を取り、それは彼らにとって、とても重要な飛躍の機会であった。2002年よりVDP(ドイツ高級ワイン生産者連盟)に参加。畑仕事はビオディナミで、2004年よりデメテールの認証を受けている。「40年間ずっとビオロジー」を実践してきたと自負する。フランス・モレ・サン・ドニのビオディナミ生産者、ドメーヌ・アルローとアルザスのツィンド・ウンブレヒトで学んだ、息子ペーター・ベルンハルトが2013年より現場の指揮をとる。父には自慢の息子に見えて仕方ないようだ。
「機械収穫しないと決めたのは、収穫時のブドウの品質だけでなく、私たちの醸造哲学に関わっています」
ペーター・ベルンハルトは語る。
「オリの混じらないクリアーなマストを得るために、ブドウは全房のまま最低5時間ゆっくりとプレスします。酵素による沈殿や、活性炭、アルブミン、ベントナイト、カゼインによる清澄をしたくないからこそ、手摘みでなければならないのです」
息子は父親ほど、機械収穫を悪いメソッドだとは考えていないようだが、手摘み収穫こそが、彼らのワイン生産の最も重要な鍵であると強調していた。
ここエストリッヒ村のワインは、昔から注目されてきたわけではない。中世から修道院によって拓かれた、クロスター・エーバーバッハとシュロス・ヨハニスベルグという、ラインガウきっての銘醸畑の中間に位置し、大した記録は残されていない。また、フランク・スクーンメーカーの『エンサイクロペディア・オブ・ワイン』1965年版にも、「エストリッヒのほとんどのワインは二流品」で、ラインガウの村評価3段階の中で、最も低い1ツ星とされている。
評価が低かった理由は明白だ。畑はほぼ全て低い平地にあり、急勾配のベルグ・シュロスベルグやグレーフェンベルグを最良とするならば、ここにはそういう場所はない。私自身、高品質なドイツワインとは、表土の浅い、原生岩の表出した急斜面にのみあると考えてきた。ヴェレナー・ゾンネンウーアやピースポーター・ゴルドトレプシェンなど、モーゼルの最良の畑は、決まって川沿いの急斜面にある。フランケンのルンプや、ナーエのフェルセンベルグの急斜面を見れば、これらの土壌が特別だと感じられる。今回は、今までのそんな基準で測れない2つのワインをこのワイナリーで試飲した。
2012年に、VDPが従来のエアステ・ラーゲ(一級)を見直し、新しくグローセ・ラーゲ(特級)を生んだ時に、エストリッヒ村のドーズベルグ、レンヒェン、そしてミッテルハイム村のザンクトニコラウスがそれぞれ特級畑とみなされた。いずれも傾斜10%程度の平地で、沖積土とレス土壌の畑である。私的な見解だが、これらの畑に赴いて、特級たる威光や神秘性を見出せなかった。よっぽど、彼らの所有するハルガルテン村のヘンデルベルグ(一級)の方が特級に相応しいように思えた。実際に、2007年に出版された、ドイツ中の畑を網羅した『ドイツ・ワインアトラス』(グレーフェ・ウンド・ウンザー社)でも、先のワインよりも、ヘンデルベルグの方が最上位の評価を受けていた。つまり格付けが逆転したわけだ。今回の訪問で、ヘンデルベルグ、ドーズベルグ、ザンクト・ニコラウス(特級)の彼のワインを三つ飲み比べた時にも、ヘンデルベルグのピュアなミネラル、垂直性のスカッとした、切り立つ純真な味わいの方が、やはり美味しく感じたものである。
しかし、彼らは、ドースベルグの中の一区画から、ラントゲフレヒト(Landgeflecht)と、ザンクト・ニコラウスの中の一区画からシュレードーン(Schlehdorn)というプレミアム・キュヴェを作っていた。この二つのワインは、今までに飲んだ、どんなリースリングとも違う最高の逸品であった。よくある柑橘と石油香の混じって濃縮して、爽やかで清涼感のある長い余韻を生み出すスタイルからほど遠い味わい。ボトリティス的雑味があるわけでもないのに、あまりにも凝縮して、ボリュームのある異次元の深淵さ。原生岩土壌では出しえない特殊な味わいで、これまで縦の線で捉えていたワインが、横の広がりを見せた時、リースリングの新しい個性が見出された。ラインガウの真骨頂とは、実はこういうワインなのかもしれない。
ラインガウを、地質学から解体してみる。
彼らのワイナリーの周りの畑をあちこち見て回るとすぐさま発見されるのが、石英のかけらであったり、シスト、砂岩、石灰岩、花崗岩の入り混じった沖積土である。これらの複雑なミネラル分は一体どこから来るのか。実は太古のライン地溝の形成時代にまで遡る。漸新世(約3400万年~2300万年前)に、スイス・バーゼルからドイツ・フランクフルトまでの間にかかる約300kmの空間に、ライン地溝が形成され、一帯は海が広がっていた。そして約7万年前のヴルム氷河期には、広大な氷河がラインラントを覆い、氷河の下に切り取られ、下流に押し流された岩石は、幾重にも重なり、沖積平野を形成した。すぐ奥側に頑丈なタウヌス山地と、そして少し離れた場所にフンスルック山地があったが故に、最終的に上流から押し寄せられてきたあらゆるミネラル分が、ラインガウに蓄積したのである。
実際に、ラインガウの特級の中には、低地で平坦な場所のものが他にもある。ウィンケラー・ジェズイッテンガルテン、ハッテンハイマー・ヌスブルーネン、ホッホハイマー・ケーニゲン・ヴィクトリアベルグなどがそれであり、鉄道の走る道沿いに畑があることが多い。わざわざ、ブルゴーニュの特級畑を迂回してTGVの路線を作ったフランスとは考え方が違う。否、それともここ数年に何か価値基準の変化があったのだろうか?
甘口・糖度重視のゲルマン的嗜好から、辛口のラテン的嗜好への変化、もしくは温暖化によるワインスタイルの変化が、ラインガウの格付けに変化を生んだのかもしれない。あまり評価されていなかったエストリッヒ村も、価値基準の変化や、気候の変化によって、その真価が発揮されてきたのかもしれない。ただ、VDPの格付けは公的なものでない。フランスのAOCの格付けは、公のものだから、賛否両論あるにせよ、その価値が発揮される。ドイツの『特級』という概念はいつまでもVDPという私的な高級ワイン生産者組合の枠を出ない。
ペーター・ベルンハルトから「現在法律の改定が進んでいます。どのくらい変わるのかわかりませんが、よりよくなることを祈っております」というメールを先日いただいた。消費者にワインの価値が理解しやすいように、彼らのワインの価値がより世界中に知れるような法律に変わっていくことを祈りたい。
運転中のペーター・ヤコブは少し声を荒げた。
「まあラインラント全体で見たら、7割ぐらいだろうけれども」
少し無言になった後、付け加えた。
不得意な英語での会話は苦手で仕方ないという感じだった彼が、他の生産者の話題になると、突然饒舌になったのには驚いた。
「機械収穫をする人々は、決まって畑の仕事を機械化しようとする。でも、そういうブドウは食べればすぐに、全然熟していないのがわかる」
ドイツ・ラインガウ地方エストリッヒ村のペーター・ヤコブ・キューン醸造所を訪れた。9月9日にして既に収穫は、中盤に差し掛かっている。当主ペーター・ヤコブに収穫場所まで連れてきてもらった。収穫人は24人余り。和気あいあいと、よく熟れたリースリングを収穫している。ヴィースバーデンまで続く広い平地のブドウ畑で、収穫を始めている生産者は他に見当たらない。
それもそのはず、すぐ横の生産者のブドウと食べ比べてみると、熟度が全く違う。彼らは誰よりも早い収穫だが、誰よりも高いアルコール度のワインを作る。彼のリースリングを初めて飲んだときに、ドイツワインっぽくないと思った。高いアルコールとドライで芯の強い味わい。アルザスの村名や、もしくはオーストリアならカンプタールのような、少し控え目だが、その奥に強い個性を湛えたワインである。
ワイナリーはこの村に約230年続く家系で、当主のペーター・ヤコブは11代目である。1991年のドイツ・リースリング・コンクールでエストリッヒャー・ドースベルグが賞を取り、それは彼らにとって、とても重要な飛躍の機会であった。2002年よりVDP(ドイツ高級ワイン生産者連盟)に参加。畑仕事はビオディナミで、2004年よりデメテールの認証を受けている。「40年間ずっとビオロジー」を実践してきたと自負する。フランス・モレ・サン・ドニのビオディナミ生産者、ドメーヌ・アルローとアルザスのツィンド・ウンブレヒトで学んだ、息子ペーター・ベルンハルトが2013年より現場の指揮をとる。父には自慢の息子に見えて仕方ないようだ。
「機械収穫しないと決めたのは、収穫時のブドウの品質だけでなく、私たちの醸造哲学に関わっています」
ペーター・ベルンハルトは語る。
「オリの混じらないクリアーなマストを得るために、ブドウは全房のまま最低5時間ゆっくりとプレスします。酵素による沈殿や、活性炭、アルブミン、ベントナイト、カゼインによる清澄をしたくないからこそ、手摘みでなければならないのです」
息子は父親ほど、機械収穫を悪いメソッドだとは考えていないようだが、手摘み収穫こそが、彼らのワイン生産の最も重要な鍵であると強調していた。
ここエストリッヒ村のワインは、昔から注目されてきたわけではない。中世から修道院によって拓かれた、クロスター・エーバーバッハとシュロス・ヨハニスベルグという、ラインガウきっての銘醸畑の中間に位置し、大した記録は残されていない。また、フランク・スクーンメーカーの『エンサイクロペディア・オブ・ワイン』1965年版にも、「エストリッヒのほとんどのワインは二流品」で、ラインガウの村評価3段階の中で、最も低い1ツ星とされている。
評価が低かった理由は明白だ。畑はほぼ全て低い平地にあり、急勾配のベルグ・シュロスベルグやグレーフェンベルグを最良とするならば、ここにはそういう場所はない。私自身、高品質なドイツワインとは、表土の浅い、原生岩の表出した急斜面にのみあると考えてきた。ヴェレナー・ゾンネンウーアやピースポーター・ゴルドトレプシェンなど、モーゼルの最良の畑は、決まって川沿いの急斜面にある。フランケンのルンプや、ナーエのフェルセンベルグの急斜面を見れば、これらの土壌が特別だと感じられる。今回は、今までのそんな基準で測れない2つのワインをこのワイナリーで試飲した。
2012年に、VDPが従来のエアステ・ラーゲ(一級)を見直し、新しくグローセ・ラーゲ(特級)を生んだ時に、エストリッヒ村のドーズベルグ、レンヒェン、そしてミッテルハイム村のザンクトニコラウスがそれぞれ特級畑とみなされた。いずれも傾斜10%程度の平地で、沖積土とレス土壌の畑である。私的な見解だが、これらの畑に赴いて、特級たる威光や神秘性を見出せなかった。よっぽど、彼らの所有するハルガルテン村のヘンデルベルグ(一級)の方が特級に相応しいように思えた。実際に、2007年に出版された、ドイツ中の畑を網羅した『ドイツ・ワインアトラス』(グレーフェ・ウンド・ウンザー社)でも、先のワインよりも、ヘンデルベルグの方が最上位の評価を受けていた。つまり格付けが逆転したわけだ。今回の訪問で、ヘンデルベルグ、ドーズベルグ、ザンクト・ニコラウス(特級)の彼のワインを三つ飲み比べた時にも、ヘンデルベルグのピュアなミネラル、垂直性のスカッとした、切り立つ純真な味わいの方が、やはり美味しく感じたものである。
しかし、彼らは、ドースベルグの中の一区画から、ラントゲフレヒト(Landgeflecht)と、ザンクト・ニコラウスの中の一区画からシュレードーン(Schlehdorn)というプレミアム・キュヴェを作っていた。この二つのワインは、今までに飲んだ、どんなリースリングとも違う最高の逸品であった。よくある柑橘と石油香の混じって濃縮して、爽やかで清涼感のある長い余韻を生み出すスタイルからほど遠い味わい。ボトリティス的雑味があるわけでもないのに、あまりにも凝縮して、ボリュームのある異次元の深淵さ。原生岩土壌では出しえない特殊な味わいで、これまで縦の線で捉えていたワインが、横の広がりを見せた時、リースリングの新しい個性が見出された。ラインガウの真骨頂とは、実はこういうワインなのかもしれない。
ラインガウを、地質学から解体してみる。
彼らのワイナリーの周りの畑をあちこち見て回るとすぐさま発見されるのが、石英のかけらであったり、シスト、砂岩、石灰岩、花崗岩の入り混じった沖積土である。これらの複雑なミネラル分は一体どこから来るのか。実は太古のライン地溝の形成時代にまで遡る。漸新世(約3400万年~2300万年前)に、スイス・バーゼルからドイツ・フランクフルトまでの間にかかる約300kmの空間に、ライン地溝が形成され、一帯は海が広がっていた。そして約7万年前のヴルム氷河期には、広大な氷河がラインラントを覆い、氷河の下に切り取られ、下流に押し流された岩石は、幾重にも重なり、沖積平野を形成した。すぐ奥側に頑丈なタウヌス山地と、そして少し離れた場所にフンスルック山地があったが故に、最終的に上流から押し寄せられてきたあらゆるミネラル分が、ラインガウに蓄積したのである。
実際に、ラインガウの特級の中には、低地で平坦な場所のものが他にもある。ウィンケラー・ジェズイッテンガルテン、ハッテンハイマー・ヌスブルーネン、ホッホハイマー・ケーニゲン・ヴィクトリアベルグなどがそれであり、鉄道の走る道沿いに畑があることが多い。わざわざ、ブルゴーニュの特級畑を迂回してTGVの路線を作ったフランスとは考え方が違う。否、それともここ数年に何か価値基準の変化があったのだろうか?
甘口・糖度重視のゲルマン的嗜好から、辛口のラテン的嗜好への変化、もしくは温暖化によるワインスタイルの変化が、ラインガウの格付けに変化を生んだのかもしれない。あまり評価されていなかったエストリッヒ村も、価値基準の変化や、気候の変化によって、その真価が発揮されてきたのかもしれない。ただ、VDPの格付けは公的なものでない。フランスのAOCの格付けは、公のものだから、賛否両論あるにせよ、その価値が発揮される。ドイツの『特級』という概念はいつまでもVDPという私的な高級ワイン生産者組合の枠を出ない。
ペーター・ベルンハルトから「現在法律の改定が進んでいます。どのくらい変わるのかわかりませんが、よりよくなることを祈っております」というメールを先日いただいた。消費者にワインの価値が理解しやすいように、彼らのワインの価値がより世界中に知れるような法律に変わっていくことを祈りたい。
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