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日本に帰国すると必ず、国産のワインを試飲する。非常に素晴らしい品質のものや、感動させられるワインに出会う機会が増えてきた。その中でも、熊本ワイン『菊鹿 シャルドネ』を飲んだ時の衝撃は忘れがたい。国産ワインとは思えないほどのボディと厚み、コクを持ち、ムルソーに迫る凛とした味わいに驚かされた。この夏、銀座の和食レストラン『奥田』で、『菊鹿セレクション 小伏野2014』をいただいた際は、徳島産ハタのお造りのネットリと厚い質感の味わいに完璧な調和を見せていた。
味わいの秘密を求めて、私は熊本に飛んだ。
熊本は暑い。蒸し暑い場所だ。東に阿蘇山と北に筑肥山地、さらに西は島原湾を挟んで雲仙岳に囲まれ、ちょっとした盆地状となっている。年間日照量は2000時間、年間降雨量は1985mmと多い。秋は台風の影響を受ける。古来から、決してブドウ栽培に適した場所とはみなされていない。主にアンズやスイカ、栗などの産地だった。
ワイン造りはもとより、ブドウ生産自体が比較的近年に始まった。熊本ワイン自体は1999年、南九州コカ・コーラ社の出資と、マルスワイナリーを手がけた本坊酒造により、熊本市の北5kmの地に設立された。ワイナリーの設備も整っている。温度管理のしっかりした醸造所で、空気圧式プレス、澱取り機械、フレンチオークの並んだカーヴ、ワイン充填機も完備している。2002年以来、国内ワインコンクールで賞をとっていて、勢いに乗っている。
ブドウ畑は、ワイナリーよりさらに25km北の菊鹿町にある。すぐ隣には菊池米や、八女茶といった銘醸地がある。米と茶作りの産地であった。
「この地の農家の方々は、山梨や長野と違って、もともとブドウ栽培をしていたわけではありません。それが逆に良かったのでしょうか、彼らはワイン用ブドウ栽培のやり方に柔軟な考えを持っています。33軒ある契約農家の畑は全て、棚仕立てではなく、垣根仕立てで植えられています」
しかし、高齢化(平均年齢70歳)と若者の農業離れによって、だんだんと生産者が少なくなりつつあるのも事実。だから、そういった農地はワイナリーで購入して、自社畑を増やしている。
実際の畑の情報が欲しくて、菊鹿町まで赴いた。菊池川の支流、上内田川が流れ、標高は180mと市内より深い森に囲まれた小さな村である。小伏野地区は一面の米畑と栗畑で、ブドウらしい畑はとんと見当たらない。小さな雑貨屋で、大変丁寧に教えていただいて、ようやく、契約農家の平川洋介さんのお宅にたどり着いた。平川さんは79歳とは思えないほど元気な方で、三反半の畑を奥様と2人で毎日働いている。収穫を控え、せっせと最後の準備を行なっているところだった。
ブドウは、シャルドネ品種のみで、とても甘く、素晴らしい熟度である。「今年はブドウが腐ることもなく、よく熟した良い年になりそうですよ」
畑は粘土が所々に混じる、火山性砂質土壌で、地下排水暗渠を通して水はけを良くしている。高畝方式の上に、雨よけビニールをかぶせる、マンズレインカット方式の畑で、降雨量の多い山地を考慮した仕立てとなっている。それにしても雑草一本もない綺麗な畑である。
「除草剤はほんの少し」で、トラクターは一切通していない。それでも、耕作でもしたかのように草のカケラもない。地道にせっせと手で草の根を種ごと抜き取っているから、これほど綺麗な畑になるのだろう。
「ブドウは他の畑仕事よりは楽なので、私たちのように年とってもやりやすい仕事なんです」
いえいえ、フランスでも見られないほど、大変丁寧な仕事をされています。
これほど新しい産地だと、それぞれの区画の味わい、テロワールの優劣をそう簡単に測れるとは思えない。熊本ワインでは、セレクションもしくはナイトハーベストという特上キュヴェ用の畑を選出している
平川さんの畑も、今年は特別な畑として、8月28日にナイトハーベストを行うと話していた。ナイトハーベスト用の畑は、他の畑と段差があり、違う断層にあり、砂土壌の中にいくつか花崗岩のカケラを発見した。
「『真土(まつち)』に植えれば良い作物が育つということは、昔からここで農業をしている人たちはみんな知っていることです」と平川さんは言う。『真土』とは、火山灰に覆われていない、この場所にもともとある土のことを指しているようだ。
阿蘇山や雲仙岳、多良岳、さらには桜島などの火山に囲まれたこの地では、火山灰の影響を受けている。その周りでは牧草以外が育ちにくいと言う。下層に広がる元からある花崗岩土壌の『真土』にこそ、品質の高いワインが生まれる余地があるのだ。ブドウ栽培技術のみでなく、地元の農耕者の古くからの知識が結びついて、真に美味しいワインは生まれるのだと気付かされた。
熊本ワインのセレクションもしくは、ナイトハーベストは、毎年、発売日に売り切れる。「まるでアップルストアの新製品」のようにワイナリーに列ができてソールドアウトするという。
そのような状態なので、現在も生産地を拡張中である。菊鹿町内にも、醸造所を作っている途中で、今年11月にオープンする予定。「今のところ、食用ブドウの割合の方が多いのですが、近日中にその比率は逆転します」。ということは、ワイン産地としての注目度が、食用を上回ったということだ。
ワイン生産地としての成功は、若者の田舎離れを食い止め、高齢者の比率を下げる可能性がある。新しい形の農業の参入であるが、元からそこにあったものよりも、効率的であり、理にかなっているのかもしれない。熊本のワイン造りの現状は、日本における、ワイン産地の縮図であると思った。
味わいの秘密を求めて、私は熊本に飛んだ。
熊本は暑い。蒸し暑い場所だ。東に阿蘇山と北に筑肥山地、さらに西は島原湾を挟んで雲仙岳に囲まれ、ちょっとした盆地状となっている。年間日照量は2000時間、年間降雨量は1985mmと多い。秋は台風の影響を受ける。古来から、決してブドウ栽培に適した場所とはみなされていない。主にアンズやスイカ、栗などの産地だった。
ワイン造りはもとより、ブドウ生産自体が比較的近年に始まった。熊本ワイン自体は1999年、南九州コカ・コーラ社の出資と、マルスワイナリーを手がけた本坊酒造により、熊本市の北5kmの地に設立された。ワイナリーの設備も整っている。温度管理のしっかりした醸造所で、空気圧式プレス、澱取り機械、フレンチオークの並んだカーヴ、ワイン充填機も完備している。2002年以来、国内ワインコンクールで賞をとっていて、勢いに乗っている。
ブドウ畑は、ワイナリーよりさらに25km北の菊鹿町にある。すぐ隣には菊池米や、八女茶といった銘醸地がある。米と茶作りの産地であった。
「この地の農家の方々は、山梨や長野と違って、もともとブドウ栽培をしていたわけではありません。それが逆に良かったのでしょうか、彼らはワイン用ブドウ栽培のやり方に柔軟な考えを持っています。33軒ある契約農家の畑は全て、棚仕立てではなく、垣根仕立てで植えられています」
しかし、高齢化(平均年齢70歳)と若者の農業離れによって、だんだんと生産者が少なくなりつつあるのも事実。だから、そういった農地はワイナリーで購入して、自社畑を増やしている。
実際の畑の情報が欲しくて、菊鹿町まで赴いた。菊池川の支流、上内田川が流れ、標高は180mと市内より深い森に囲まれた小さな村である。小伏野地区は一面の米畑と栗畑で、ブドウらしい畑はとんと見当たらない。小さな雑貨屋で、大変丁寧に教えていただいて、ようやく、契約農家の平川洋介さんのお宅にたどり着いた。平川さんは79歳とは思えないほど元気な方で、三反半の畑を奥様と2人で毎日働いている。収穫を控え、せっせと最後の準備を行なっているところだった。
ブドウは、シャルドネ品種のみで、とても甘く、素晴らしい熟度である。「今年はブドウが腐ることもなく、よく熟した良い年になりそうですよ」
畑は粘土が所々に混じる、火山性砂質土壌で、地下排水暗渠を通して水はけを良くしている。高畝方式の上に、雨よけビニールをかぶせる、マンズレインカット方式の畑で、降雨量の多い山地を考慮した仕立てとなっている。それにしても雑草一本もない綺麗な畑である。
「除草剤はほんの少し」で、トラクターは一切通していない。それでも、耕作でもしたかのように草のカケラもない。地道にせっせと手で草の根を種ごと抜き取っているから、これほど綺麗な畑になるのだろう。
「ブドウは他の畑仕事よりは楽なので、私たちのように年とってもやりやすい仕事なんです」
いえいえ、フランスでも見られないほど、大変丁寧な仕事をされています。
これほど新しい産地だと、それぞれの区画の味わい、テロワールの優劣をそう簡単に測れるとは思えない。熊本ワインでは、セレクションもしくはナイトハーベストという特上キュヴェ用の畑を選出している
平川さんの畑も、今年は特別な畑として、8月28日にナイトハーベストを行うと話していた。ナイトハーベスト用の畑は、他の畑と段差があり、違う断層にあり、砂土壌の中にいくつか花崗岩のカケラを発見した。
「『真土(まつち)』に植えれば良い作物が育つということは、昔からここで農業をしている人たちはみんな知っていることです」と平川さんは言う。『真土』とは、火山灰に覆われていない、この場所にもともとある土のことを指しているようだ。
阿蘇山や雲仙岳、多良岳、さらには桜島などの火山に囲まれたこの地では、火山灰の影響を受けている。その周りでは牧草以外が育ちにくいと言う。下層に広がる元からある花崗岩土壌の『真土』にこそ、品質の高いワインが生まれる余地があるのだ。ブドウ栽培技術のみでなく、地元の農耕者の古くからの知識が結びついて、真に美味しいワインは生まれるのだと気付かされた。
熊本ワインのセレクションもしくは、ナイトハーベストは、毎年、発売日に売り切れる。「まるでアップルストアの新製品」のようにワイナリーに列ができてソールドアウトするという。
そのような状態なので、現在も生産地を拡張中である。菊鹿町内にも、醸造所を作っている途中で、今年11月にオープンする予定。「今のところ、食用ブドウの割合の方が多いのですが、近日中にその比率は逆転します」。ということは、ワイン産地としての注目度が、食用を上回ったということだ。
ワイン生産地としての成功は、若者の田舎離れを食い止め、高齢者の比率を下げる可能性がある。新しい形の農業の参入であるが、元からそこにあったものよりも、効率的であり、理にかなっているのかもしれない。熊本のワイン造りの現状は、日本における、ワイン産地の縮図であると思った。
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