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ネッド・グッドウィン合格 純国産MWへの遠い道のり

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ヴィノテーク2010年11月号掲載
 日本からついに、マスター・オブ・ワイン(MW)が誕生した。
 ただし、ワイン界最高峰の資格を取得したのは、日本人ではない。東京在住のオーストラリア人である。41歳のネッド・グッドウィン。大手レストラングループ「グローバル・ダイニング」のワインディレクターなど、コンサルタントで活躍する。2010年はネッドを含む11人が難関をパスし、MWは23か国計289人となった。
 ワイン界には、世界最優秀ソムリエ、マスター・ソムリエなど、至高のタイトルがいくつか存在するが、半世紀を超す歴史を誇るMWはオールラウンドな能力が求められる。試験は、栽培・醸造から取り引きまで幅広い理論、世界を対象にしたブラインド・テイスティング、独自な視点の必要な論文の3部門からなる。英語が必須。試飲は、中でも難易度が高い。
 MWの「伝説」を東京・西麻布の有名なワインバー「ツバキ」から聞いた。2008年に合格したリサ・ペロッティ・ブラウン。ブラインドでピノ・ノワールのグラスを差し出したところ、答えは「マーティンボローのピノ・ノワール」。正解は--クスダ・ワインのピノ・ノワールだった。ヴィンテージも当たっていた。リサはクスダ・ワインが初体験だったそうだ。
 ブラインド・テイスティングは、2時間15分間で12本のワインを利く試験が3回行われる。品種や産地、収穫年はもちろん、醸造方式、残糖、アルコール度から、熟成の可能性、天候がスタイルに与えた影響など、広くて、深い知識と経験が問われる。シャルドネ一つとっても、フランス、イタリア、カリフォルニア、オーストラリア、ニュージーランド、チリなど、生産国は多い。その「産地」やアルコール度、品質を答える問題が出る。短時間で、正確に、論理的に書けないと受からない。
 「1つのワインにかけられる時間は10分前後。ソムリエの経験から自信はあったが、大変だった。ワインを飲んだ後でも、毎日、勉強を欠かさなかった」とネッドは言う。
 英国中心だったMWは世界に広がっている。2008年はアジア元年だ。香港から、ジェニー・チョ・リー(ソウル出身)、デブラ・メイブルグ(カリフォルニア州出身)、シンガポールからリサ(メイン州出身)という3人の女性MWが生まれた。2年後に、東京からネッド……世界のワイン地図でアジアがクローズアップされてきた流れと軌を一にしている。だが、日本人は1人もいない。東京は、世界の一流ワインが手に入り、ミシュランの星付きレストランが世界で最も多く、ワインのメディアも発達している。MWに挑戦している専門家は何人かいるが、欧米と遜色のないワイン大国からなぜMWが生まれないのか?
 一つは言葉の壁だろう。理論の試験は通訳も認められているが、試飲のペーパーは英語オンリー。留学や転勤で、海外暮らしの機会が増えたとはいえ、日常的に英語で話し、書き、情報を入手するような状況になければ、ネイティヴでも難しい試験には受からない。たとえ、欧米のビジネススクールでMBAを取得できるレベルの語学能力があるとしても、今度はワインの専門知識と長年の体験いう壁が立ちはだかる。
 理論の分野は、ビジネスから時事的な問題まで含まれる。そこでは、最新の情報を踏まえた世界的な視野が試される。
 「例えば、天然コルク産業の現状と展望、中国市場の発展がワイン産業に及ぼす影響……決まった正解がなく、人によって答えが違うような問題を多角的に考えるには、世界中の様々な立場のワイン業界に人脈を広げる必要がある」と、MWに挑戦中の大橋健一氏(山仁社長)は言う。
 試飲能力を磨くのも容易ではない。重要なのは、カルトな知識ではない。南アフリカやニュージーランドを含めた世界市場を広くカバーしなければならない。「日本のワイン市場は、伝統国の高品質ワインやパーカー・ポイント高得点などに偏っている」と大橋氏は感じている。
 それは、日本のワイン市場が、グローバル化の進むイギリスやアメリカに比べて、「ガラパゴス化」している面のあることを意味する。MWの本拠地イギリスだけが、世界標準と言うつもりはないが、ロンドンのスーパーマーケットではお手頃なデイリーワインが買いやすい。日本では、マニアが高級ワインを手に入れるのは簡単だが、すそ野の広がりが遅れている。
 地理的な不利もある。MWの試験が行われるロンドン、ナパヴァレー、シドニーでは、MWによるセミナーや試飲会がひんぱんに開かれる。これらへの出席が合格への距離を短くするが、日本からは時間もお金もかかる。ワイン業界で働いていないと、理論の勉強も効率的な試飲もできないが、機会に恵まれた人間ほど本業も忙しい。現場の刑事が警部試験に合格しにくいのと似ている。MWにロンドンのトレード出身者が多いのは、環境が整っているからだ。
 そこまで苦労して取得したMWをどう役立てるのか。東京をベースに活動するネッドは「消費者、輸入業者、レストランなどを教育したい。パーカー・ポイントに頼らず、私の探し出したワインを基に、楽しめるワインリストをレストランに提供したい」と語る。いつか生まれる純国産MWにも、日本市場の啓発を期待したい。

肩書は当時のまま。

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