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今回のサルデーニャ島の取材では2軒のワイナリーを訪れた。ヴィニタリー期間中で、多くののワイナリーから訪問を断られたがし、島を代表するアルジオラスとコンティーニに訪問できたのは僥倖だった。
トゥリガでスターになったアルジオラス(Argiolas)
アルジオラスは、中心都市カリアリ地区に近い南部サルデーニャのセルディアーナに居を構える。アントニオ・アルジオラスは1936年、わずか2haのブドウ畑からワイナリーを興した。他のイタリア生産者と同じく、ブドウ以外の農作物も同時に栽培した。第二次大戦後の厳しい不況の時代は、大量のバルクワインを生産するなどして乗り越えた。
続く1970年代後半、減反政策に応じて多くの生産者が農作地を捨てる中、アントニオは逆に畑を増やす道を選び、『アルジオラス』というメーカーの名前を初めて前面に打ち出し、品質志向のワイン作りを明確な指標にした。本土で国際品種が成功し始めていた時代に、あえて固有品種のみを使うという方針を打ち立てたのだ。
「その時代に求められたのはカベルネ・ソーヴィニョンやメルロだった。しかしそのようなモードは一過性のものに過ぎない」
そう考えて、産地の独自性と個性を保持するという方針をとった。現在のトレンドに沿ったものであったということが今なら理解できる。
トゥリガ(Turriga)1988が1992年にリリースされるやいなや、「サルデーニャから初めて世界に出荷されるべき赤ワインが誕生した」と、ラ・レプッブリカ紙に報じられた。ガンベロ・ロッソのトレ・ヴィッキエーリを獲得し、ほぼ常連となり、またたく間にサルデーニャを代表するワインとなった。
エノロゴはジャコモ・タキス
このワインはカンノナウ種を主体とした固有品種のブレンドで作られ、エノロゴはジャコモ・タキスだった。タキスは「スーパータスカンの父」と呼ばれるように、フランス品種を使って、テヌータ・サン・グイドのサッシカイア、アンティノリのティニャネッロなどを産出して大成功に導いた醸造家である。
華々しい成功歴から、イタリアに国際品種をもたらした先駆者とクローズアップされがちだが、実際は南イタリアワインのコンサルティングに積極的に関わり、固有品種の重要性を見出していた。
特にサルデーニャでは、カンティーナ・ディ・サンタディ協同組合におけるカリニャーノ品種を使ったワインの品質向上に貢献していた。同じく品質志向を持っていたアルジオラスの努力に呼応して、トップキュヴェを生み出すためのアドバイスを引き受けたのだという。
「S’Elegas, Nuragus di Cagliari 2023」
淡い色調。ツンと立ち上がる香りは強く、柑橘と桃、香草が優しく残るが、やや単調。酸味は高く、強いアルコール感を支え、余韻がしっかりと残る。複雑味こそないものの、大変コンパクトにまとまっており、海鮮料理によく合うだろう。ヌラグスという品種は、カリアリ地区にしか植えられていない。アルジオラスは、このような絶滅危惧のある品種を多く植え、その個性に反映されたワイン造りをすることで、島のワインの文化を守る義務を果たそうとしている。
「Iselis, Nasco di Cagliari 2019」
少し深めの色調。白い桃、花の香り、オリーヴ、麝香のようなスモーキーな熟成感のある香りが出ている。フレッシュな酸味と味わいの強さが長い余韻につながる。14.5%という、このスタイルの白ワインとしては強すぎる感じを微塵にも見せないでバランス良くまとまっている。このナスコという品種も、かつて1873年のウィーン万国博覧会に最も権威ある品種として紹介された歴史を持つものの、もはやこの地方にしか残っていない。しかしながら熟成を経るごとに深まる味わいの強さには、将来的なポテンシャルを感じた。
「Kokem, Bovale, Isola dei Nuraghi 2020」
濃い色調。イチジク、プラム、チェリー、ブルーベリーのジャミーなまさに完熟ブドウの複雑なアロマのニュアンス。緻密な構成感、リッチで、やや余韻に難はあるものの、大変素晴らしい品質。野趣に富み、厚みの強い濃厚な味わいのボヴァーレ品種が主体となっている。地方の特産の仔羊料理によく合うだろう。
「Turriga, Isola dei Nuraghi 2019」
大変濃い色調で、強いアロマ。イチジク、オリーヴ、ガリーグの香り(ミントのグリル、松の実)、ブラックチェリー、ブルーベリー、桑の実の渾然一体としたより複雑な香り。フルボディで、ものすごいタンニンにも関わらず、大変柔らかいが、これはまだまだ寝かせておくべきワインだ。長い余韻を持ち、まさにサルデーニャを代表する1本である。名称から勘違いされがちなポルトガルのトゥリガ品種と関係はなく、カンノナウを主体にボヴァーレ、カリニャーノ、マルヴァジア・ネラのブレンド。
産膜酵母張ったヴェルナッチャ・ディ・オリスターノ
異彩を放つ個性的なコンティーニ(Contini)
西海岸に近い中部都市オリスターノはヘレスやジュラ、トカイと同じく、産膜酵母を張った伝統的なワイン「ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノ」の生産地である。街から漂う古びた家屋やさびれた路地の印象から、産地としての魅力は廃れつつあるように見える。しかし、サルデーニャ島のアイデンティティを最も色濃く残しているのは、ここではないかと私は思っている。
この地方を代表する生産者コンティーニは、オリスターノの北西約6kmの港町カブラスにワイナリーを構えている。サルヴァトーレ・コンティーニが1898年に設立し、この島における最初の家族経営生産者として今日まで続いている。
ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノは1971年にサルデーニャで初めてDOC認定を取得したワインである。品種名の語源の「vernaculus ウェルナキュルス」は、「国産」「地元産」を示すラテン語に由来し、イタリアに複数の同名の品種ヴェルナッチャが存在するものの(特にトスカーナのものが有名)、すべて異なる品種である。
このブドウはオリスターノ市を中心とする20のコミューンで栽培される。収穫されたブドウは十分にアルコール度が高いため、典型的なヘレスの場合と違い、酒精強化は行わない。その後、大樽の中で、産膜酵母が形成され、ウイヤージュなしで3-4年熟成させる。
熟成によって酸化は進み、同時にブドウの凝縮感が高まり、さらにアルコール度が上がる。ヘレスのアモンティリャードのように、フロール由来のアロマと酸化由来のアロマが発生する。特有のナッツを思わせる香りは、地元で「Murraiムライ」と呼び、高貴なワインとして評価される。
ワイナリーのカーヴの中に入ると、まるでヘレスのボデガのように非常に古い樽が積み重ねられている。50年ほど前の古い樽も含まれている。フランス産もしくはハンガリー産のオークも使っているが、伝統的に樽材として栗の木を使っている。樽は、225Lから、600L、2000Lの大きさがあり、数年ごとに大きな樽から小さな樽に詰め替えていく。
奥の方にある壁に埋め込まれたような、一際大きな大樽が目を引いた。
「以前このワイナリーで使っていた大樽の表面部を切り取って、扉に取り付けたものです。これは6000Lで当時の1年分のヴェルナッチャ・ディ・オリスターノ用の収穫の最初の醸造用にふさわしいサイズでした。しかしながら、ワインの需要が減ったため、1年分の収穫ではこの大きさの樽を使うことができなくなったのです」
他の産地の酒精強化ワインのように、この島の名産品であったヴェルナッチャ・ディ・オリスターノの生産量は減り続けている。
「かつては、サスティリアと呼ばれる、この地方特有のカーニバルに供される、欠かすことのできないワインでした。ですが、現在のニーズは早くから飲めるものに変わってしまって、売り上げは減少しました」
だから、このワイナリーも時流の波に乗って、1980年代からスティルワインの生産を始めた。現在は、50haの買いブドウを含む220haに及び、島中の6つのゾーンから白・赤・甘口を造っている。スティルワインも、固有品種を使い続ける方針は変わらず、ニデッラ、ヴェルメンティーノ、カンノウナウを主に使う。
「近年はメルロ、シラー、カベルネ・ソーヴィニョンを少量使いますが、これらは、ワインの味わいを和らげるためのブレンド用にのみ使います」
彼らの輸出戦略は概ね成功しており、サルデーニャのワイン大使としての風格を持ちつつある。色々なワインを試飲したが、彼らの真骨頂はヴェルナッチャ・ディ・オリスターノである。これほど個性的で、異彩を放つワインは、イタリア全土を探してもそうそう見当たらない。このような生産者には、売り上げを維持する理由だけでスティルワインを無理強いして造ってほしくない。半世紀もの間、時間をかけて熟成されたワインの真価は、どんな他の産地のワインに負けない、素晴らしい味わいを持っていることをもっと知って欲しい。
「Vernaccia di Oristano, Flor, 2020」
ガーネットがかった色調。強いパン生地やリンゴの皮のようなイースト香に、酸化的香りと、オレンジの皮の香りが残る。アロマに比べてフレーバーは落ちるが、優しい酸味とミディアムなボディが味わいを引き立てる。まだ熟成が長くなく、スタイルとしては軽いワインという印象。4年熟成後リリース。
「Vernaccia di Oristano, Riserva, 1997」
非常に濃いマホガニーの色調。ピーカンナッツ、ヘーゼルナッツ、煎りアーモンド、コーヒー、クリーム、熟成ミモレット、ビターオレンジの複雑なアロマとフレーバーが立ち替わり表れる。18%のアルコール度に釣り合う、フルボディと長い長い余韻がこのワインの完璧なプロポーションを引き立てる。ボッタルガとの相性は、両者を引き立て合いゴージャスな余韻が口の中にいつまでも残り、最高の一言。
「Vernaccia di Oristano, Antico Gregori, 1976」
マホガニーの色調。非常に濃縮した酸化系アロマ。ピーカンナッツが主体で、あらゆるナッツ系の煎った香りと、オレンジピール、スパイスのフレーバーが口内で弾ける。長い樽熟成によって希釈した19%もの自然のアルコールに、濃縮した酸味とフルボディ、ずっと残り続ける素晴らしい余韻がある。これは偉大なワインである。ティルソ川沿いの小石混じりの砂質土壌の最良のGregori土壌のブドウを使用。ヘレスのソレラシステムのように少量のヴィンテージをブレンドするので、実際にはさらに古い時代のワインも入っている。優れたヴィンテージのものを、完全に熟成したタイミングにリリースする。
独自性を重視するサルデーニャ
サルデーニャは独自性を重視する産地である。固有品種をかたくなに守るだけでなく、ワイン造りのスタイル、郷土料理を遵守すること、自然環境を保護することなどからもそれがみてとれる。しかし、世間の流行は変化する。グローバリゼーションの加速する今日において、島外のトレンドの変化に無関係で居続けることはできない。
ワイン生産の現場でも、世代の変化と共に、多彩な品種の導入や、新しい造り方を模索することも必要であり、経済的な事情で事業を縮小したり、法制度の制限から自分達の思い通りの製法を試すことができなかったりする。だから、サルデーニャのワイン生産者は岐路に立たされているとも言える。昔ながらのアルコール度の高いワインを造り続けることも、費用対効果の悪い樽長期熟成ワインばかりを生産することもできない。
しかしながら、スーパー・タスカンがほかの新興生産国と差別化できなかったように、国際品種の行き着く果ては、無個性で、似たり寄ったりの少数の品種での背比べでしかない。ビギナーの関心を引くことはあっても、廉価な商品が登場すれば、売り上げは安定しない。
今注目すべきは伝統的な、他の地方には存在せず、その地方にあることで、存在理由が証明されるようなワインである。サルデーニャの生産者たちは、単なる一過性の流行りに乗って、安易に利益を得るよりも、自分達の個性を保持して伝統を守る方が良いと、理解していた。私が今回の訪問でも最も心を打たれたのが、この島で伝統的に造られてきたワインだったことは偶然ではない。多彩な品種が生き残ってきた、サルデーニャ島のワインの可能性はまだまだあるのだと感じた。
Text&Photo by 染谷文平
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