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ソーテルヌのアイコン、シャトー・ディケムの前当主アレクサンドル・ド・リュル・サリュース伯爵が死去

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 シャトー・ディケムを36年間にわたり経営した前当主で、ソーテルヌのアイコンだったアレクサンドル・ド・リュル・サリュース伯爵が24日、亡くなった。89歳だった。


 イケムは15世紀から長年にわたり、リュル・サリュース家の同族経営が続いてきた。1934年生まれのサリュース伯爵は1968年、亡くなった叔父のベルトランからシャトーを引き継ぎ、貴腐ワインの頂点に立つワインの品質を保った。


 貴腐菌のついたブドウを粒選りして収穫し、4年の瓶熟成後に販売し、1972、1974、1992年のような不作の年には生産を見送った。妥協せず、プリムールですぐに現金を回収する方法もとらなかった。


 利益は投資に回され、所有する約50人の親族は不満を募らせた。48%の株式を保有する兄ウジェーヌとの対立も深刻だった。LVMHグループの総帥ベルナール・アルノーが、一族の不和をついて1996年にイケムの55%の株を買い集め、所有権を手にした。


 サリュース伯爵は2年以上にわたり、訴訟や宣伝工作を行い、アルノーは買収した土地に足を踏み入れられなかった。最終的に両者は合意に達した。アルノーは1999年4月、自家用ジェット機でボルドーに飛んで、シャトーで伯爵と会談。伯爵はレセプションのデザートで、伝説的なイケム1899を供した。


 2001年にインタビューした際、伯爵は「1世紀前のイケムを出したのは理由があります。イケムは我々が生まれるはるか前から存在し、はるかに長く行き続ける。2人を超える何かだということを伝えたかったのです」と語っていた。


 伯爵はシャトーのCEOに任命されたが、2004年5月、LVMHの定年より5歳若い70歳で退職した。後任には、シュヴァル・ブランの改革に成功したピエール・リュルトンが就任し、樽熟成期間の短縮やプリムール販売でモダンなワイナリーに生まれ変わった。


 伯爵はその後、隣接するもう1つの歴史的なシャトー・ド・ファルグにエネルギーをつぎ込んだ。

(c)Château de Fargues

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