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イギリス国内がラグビーW杯決勝イングランド対南アフリカの熱気に包まれていた2007年秋。元銀行員のニコラ・コートはアクサ・ミレジム最高責任者で旧友のクリスチャン・シーリーに尋ねた。
「イギリスでスパークリングワインを造るって考えたことあるかい?」
「一体何を言っているんだ。」シーリーの第一声だった。ただし、シーリーの好奇心はこのとき既にくすぐられていた。
ファーストヴィンテージは2009年。この時仕込んだ「ブラン・ド・ブラン ‘ラ・ペルフィード’ 2009ヴィンテージ (Blanc de Blanc ‘La Perfide ‘ 2009 Vintage)」は後の2019年IWSCコンクールにて瓶内発酵スパークリング部門ベストトロフィーを獲得する。
イングリッシュ・スパークリングワイナリー「コート&シーリー」はここから誕生した。
2023年5月上旬のまだ少し肌寒いイギリスの曇り空の下、筆者はハンプシャーのワイナリーを訪れニコラ・コートに話を伺った。
チョーク質土壌へのこだわり
コート&シーリーのブドウ畑はイギリスでも特にチョーク質に富むと言われるハンプシャーに位置する。
コートはブドウ畑の場所選びで土壌を最重要視した。「土壌は自分たちにとってとても重要な要素だ。水はけがよく、また同時に保水力に富むチョーク質土壌は高品質なスパークリングワインを造る上で必須だ。」コートは土壌の話をする時が一番語気に力がこもっていた。
イギリス全土を走り回ったコートのブドウ畑探しは意外なところで決着がつく。自宅から車で10分程のところに丁寧に管理されたチョーク質土壌のブドウ畑がある事を耳にした。コートは直ぐにその畑の土壌サンプル検査をボルドー大学に依頼する。
「これはシャンパーニュの土壌だ」
決断をするのに十分すぎる検査結果だった。大昔の地殻変動の影響でイングランド南部ではしばしばシャンパーニュと酷似する土壌構成が見つかる。
12haのそのぶどう畑を譲り受け、その地に更に16ヘクタールを植えた。
植えたブドウはもちろんシャンパーニュ品種のみだ。既に植えられていた幾つかのハイブリット品種も全て植え替えた。
造るはスパークリングワインのみ
コート&シーリーでは瓶内発酵のスパークリングワインしか造らない。「自分たちの信じる高品質ワインだけを造りたい。」コートの信念はシンプルだ。
一次発酵はステンレスタンクとコンクリートエッグを使い分け、25プロットのベースワインを造る。「コンクリートエッグは面白い結果をもたらしてくれる。数も4基に増やした。」コートはその利点として発酵温度の安定性、酸素透過率の高さ、タンク内の自然液流を挙げる。
「ただし、その掃除の大変さは覚悟が必要だ。また非常に重たい上に衝撃に弱い。そしてかなりいい値段だ。」コートは付け加えた。
マロラクティック発酵(MLF)への対処は変化している。北限産地ならではのシャープな酸味には対策が必須だ。2018年までは毎年必ずMLFを行っていた。これはイングリッシュスパークリングワインの通念とも言える。
しかし、2022年はMLFを行わなかった。コンクリートタンクによる発酵、ベースワインのリーズコンタクトによる酒質の厚みの強化など醸造上の理由も挙げられるが、ぶどう自体の酸含有量は確実に変わってきている。温暖化の影響は無視できない。
澱接触による瓶内熟成はノン・ヴィンテージでも30か月を下回ることはない。ヴィンテージ・キュベに関しては5−7年の熟成期間だ。English Sparkling Wine PDOの規定が9か月を最低熟成期間としていることからもそのクオリティの高さは見て取れる。
ドサージュは低めだ。どのキュベも2-4 g/Lほどに抑えている。2018年ベースで仕込んだブリュット・リザーブ NV(Brut Reserve NV)のドサージュ量に関して、シーリーはゼロ・ドサージュも考えた。その酒質の高さからの判断だ。コートもその意図には同感したが、市場との窓口を担う彼は顧客の求めるスタイルも理解している。最終的に3.8 g/Lで落ち着いた。
アクサ・ミレジムのワインメーカーたちがシャトー・ピションバロンに集った際にシーリーはRose Vintage 2014をブラインドで振る舞った。ワインメーカーたちはシャンパーニュのグランクリュだと答えた。ただし、どのクリュなのか誰も自信を持って言い切れなかった。
それがこのワインのクオリティを証明し、そして産地の個性を表している証だと、この逸話をコートは嬉しそうに話してくれた。
text & photo 織田楽
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