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カリフォルニアのサンタクルーズ・マウンテンズのピノ・ノワールの先駆者デビッド・ブルースが28日、ロス・ガトスで亡くなった。89歳だった。
ブルースは1931年サンフランシスコ生まれ。スタンフォード大学で医学を学び、皮膚科の学位を取得した。禁酒主義の家庭に育ったが、大学時代にアレクシス・リシーヌの「フランスワイン」でワインに興味を持ち、DRCのリシュブール1954を飲んでとりこになった。当時としては、学生には高額な7.5ドルだった。
サンタクルーズ・マウンテンズの標高640メートルの場所に土地を購入し、1962年にシャルドネとピノ・ノワールを植えた。2年後にワイナリーを建てて、1967年にサンノゼの店でワインを販売した。
ブルースは1943年にマウント・エデン・ヴィンヤーズを開いた伝説的な造り手マーティン・レイに次いで、サンタクルーズ・マウンテンズでピノ・ノワールを栽培したパイオニア。ピノ・ノワールはレイの畑で切った枝を植えて、レイから栽培やワイン造りも教わった。
25年間は医療とワイン造りを両立させた。週に4日間はサンノゼの病院で治療をし、残りの時間を家族の助けを得ながらワイン造りに当てた。1985年に医師を引退したが、収入が初期のワイン造りを支えた。
ワインの評価がスティーブン・スパリアの目にとまり、1976年のパリ・テイスティングでブルースの「シャルドネ 1973」が10点の白ワインの1つとして試飲された。
早くからカリフォルニア各地のピノ・ノワールの可能性を発見していた。1970年代にはモントレー、サン・ルイス・オビスポからピノ・ノワールを調達し、ソノマにも着目し、2000年以降はシャローンやサンタ・マリアのビエン・ナシード、サンタ・ルチア・ハイランズ、サンタ・リタ・ヒルズからも調達した。
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