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安くておいしい料理は 体も頭も幸せにする サイゼリヤ 正垣泰彦・代表取締役会長

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値段は客が喜ぶかどうかで決める
製造直販システムで品質を確保


2018年「ソムリエ」165号


 失敗は成功のもとという。失敗すると、その原因を探り、成功のための方策を考える。やはり真実である。

 

 首都圏の住人ならだれもが知っている「サイゼリヤ」。国内に1073店舗を展開するファミリーレストラン・チェーンも、失敗から始まった。


 大学に在学中の1967年、千葉・市川市の36席の小さな洋食屋を譲り受けた。初めは売り上げが伸びない。酔っ払った客同士の喧嘩で、ストーブが倒れて、店が全焼した。残ったのは借金だけ。死にそうな思いをしたものの、逃げなかった。お客様に喜んでもらうという仕事の原点を胸に刻んだ。とはいえ、すぐ客が増える方法も見つからない。


 〈どうしたらお客様が増えるだろうか〉


 答えを探しにヨーロッパを旅した。最後に訪れたローマのレストランで、イタリア料理と出会った。お皿に合わせてワインが供され、客はゆったりと時間を過ごし、日頃のストレスを忘れている。ローマ帝国の栄光を引き継ぐ国民の食の豊かさに魅入られた。これを日本に広めようと決意した。


 帰国した68年、「サイゼリヤ」をイタリア料理レストランとして再オープンした。それでも客は来ない。値段を下げたら来るのではないか。5割以上下げた。


 一気に行列ができた。イタリア料理をリーズナブルな価格で提供するフォーミュラは、ここで築かれた。客を待たせないため、店舗数を増やした。大勢の客に多様な料理を提供できないから、メニューを絞り込んだ。仕入れの無駄もないので、採算がとれる。


 「安くて、おいしいものを食べると、体も頭も満足する。迷いがなくなると、人は友達や家族に悪いことをしてきた過去を反省する。素直になれるんです。これが、高くておいしいと、反省できない。だれが支払うかが気にもなる。そうした幸せを提供するために、店を増やしてきたんです」 


食材を自社調達し効率的に流通


 サイゼリヤのメニューを開くと、驚かされる。プロシュートやサラミ、水牛モッツァレラのピザなどが、ラーメンより安い価格で供されている。現地にひけをとらない。イタリアンのシェフが、営業が終わった後に食事に来るというのも、あながち都市伝説ではなさそうだ。


 サイゼリヤは、外部業者から仕入れる食材はほんどなく、自前でまかなっている。ワインであれば、キャンティ、ランブルスコ、ヴェルデッキオなどの産地に出かけて、栽培農家と協力してオリジナルワインを開発。年間を通して自社輸入している。 チーズやオリーブオイルも輸入する道筋をつけた。量が多いので、回転が速い。定温倉庫も設置している。野菜は福島・白河に自社農場を開いて、レタスやきゅうりを種から開発している。各地の食品加工拠点から、食材を全国に配送する流通システムを整備した。 


 「一般に流通している野菜はスーパーマーケットで売るために作られている。我々は、レタスなら、切って食べる時においしいような品種を開発しています。農業をしているのです。食材にとって重要なのは 温度、湿度、振動、それに経過時間。自前でやらないと、品質の管理はできません」


 川上から川下までカバーする製造直販システムによって、安定した品質とリーズナブルな価格を実現してきた。サイゼリヤの年間客数は延べ2億2000万人。小さな自治体をまかなえるくらいの食事が出ていると言える。


 世界規模のサプライチェーンを構築する過程で、苦労もあった。オーストラリアに、ハンバーグなどの食品加工工場を建設した時は、従業員のストライキにあた。組合の強いお国柄だけに、予期せぬ障害が生じる。


苦戦した中国進出も値下げで拡大


 中華圏には現在、約400店を展開しているが、ここでも苦戦した。中国でサイゼリヤが通用したら、世界のどこにでも出店できる。そういう思いがあって進出したが、最初は売り上げ額よりもテナントの家賃が高かった。スタッフも辞めていった。現地からは「客が悪い」「値段を上げないとだめ」という泣き言が入った。


 正垣は創業期のように価格を一気に下げた。一気に行列ができるようになった。中国本土のメニューで、ツナのアラビアータのパスタは、14元(約230円)。現地でも十分に安いし、日本ならありえないほど安い。


 正垣の価格哲学は、通常の経営者とは全く異なる。


 「料理の値段は粗利で決めるのではない。客が喜ぶかどうかで決まる。シェフが休みの時に自腹で行ける店でなければならない。お客さんが来ないのは料理に魅力がないからで、価格以上の値打ちがあれば、来てくれる」 


 これは周囲の店より半値だと客が来るという経験に基づいている。ランチが 600円、ディナーが1200円だとすると、600円のランチには週1回、客が来ても、1200円のディナーは月1回しかこない。ディナーを600円で提供すれば客は増える。そのために、徹底した合理化を進 めてきたのだ。派手な広告を打ったり、ポイントカードで客を囲い込むこともない。一人勝ちの余裕かもしれないが、競争があるからいいという考えだ。


ワインとイタリア料理の相性に注目


 サイゼリヤは、ファミリー・レストランには珍しくワインに力を入れている。ワインと切って離せないイタリア料理だから当たり前だが、早い時期からメニューに載せている。自社輸入量は年間420万リットルにのぼる。


 「サイゼリヤを始める前に、地球規模でどんな料理を出そうか考えました。中華料理もよかったのですが、イタリアンにしたのはワインがあったから。ワインがすごいのは、酸味、渋み、苦味という、それ単体が突出すると食を壊しかねない3つの要素で出てきているのに、バランスがとれると最高の味わいになる。サイゼリヤには、安いものから高いものまで様々な料理がありますが、手頃なデカンタのワインも、料理と合わせれば10倍の味わいになる」


  30年間以上、取材を続けてきた中で、様々な経営者に会った。似たタイプが思い出せないユニークなキャラクターの持ち主だ。大半の優れた経営者は、ビジネス スクールで教わるような戦略的な手法や他企業の成功例を例に引くのだが、正垣はそうしたことをあまり口にしない。


「暮らしを豊かにする」

「お客を幸せにする」 

「食で社会貢献をする」 


 耳に心地よく響く言葉が多い。 オーナー企業経営者の、長い経験から生まれた心情なのだろうが、それを支えているのは、合理的な企業経営である。 高学歴の人材をスカウトして、フードサービスの効率化を推進してきた。原因と結果の法則を論理的に考察する理系出身 者の特質だろうか。 


理科系人間の論理的な思考


 そう言えば、事故で亡くなったヤフー・ジャパンの井上雅博・元社長も同じ東京理科大理学部卒の理系人間だった。ウィンドウズ95時代に、パソコンおたくにサイトを探させる人力検索で始めた検索サイトを、巨大ポータルサイトに発展させた。


 雄弁ではないが、魅力的な人柄だった。大手企業でも務めた経験のある彼とのインタビューでよく覚えている言葉がある。 


 「大企業の人間の限界は、社内を見て働くこと。ベンチャー企業は外に向かって仕事をする」 


 正垣にもあてはまるかもしれない。 ワイン愛好家は、限られた土地から少量生産される職人的なワインを好む傾向にあるが、手頃でおいしいワインを量産す るのも同じくらい難しい。サイゼリヤのビジ ネスモデルは、まだまだ発展する可能性を秘めている。


Profile 正垣泰彦(しょうがき・やすひこ)
1946年生まれ。東京理科大学理学部卒。67年に譲り受けた洋食店「サイゼリヤ」をイタリア料理店として、トップファミリーレストランに発展させ、一部上場した。

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