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リッジ、ラグランジュ、ルロワ 成功した日本式経営

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ヴィノテーク 2015年2月号掲載

 金は出しても、口は出さない。日本企業がハンズオフの経営手法で成功している世界的トップ・ワイナリーが4つある。ブルゴーニュのルロワ、ボルドーのシャトー・ラグランジュ、ラインガウのヴァイル、そして、カリフォルニアのリッジだ。
 シリコン・ヴァレーに近いサンタ・クルーズ・マウンテン。リッジ・ヴィンヤーズのセラードアは、いつも観光客でにぎわっている。アメリカ人が誇りにするワイナリーだ。カリフォルニアが世界のワイン地図に載った1976年のパリ試飲会の30年後に行われたリターン・マッチで、赤ワインのトップに立ったのはモンテベロ1971。ワインメーカーのポール・ドレイパーは世界的な存在だ。だが、ワインを買っている客たちは、リッジをオロナミンCやポカリスエットで有名な大塚ホールディングスが所有しているとは、知らないだろう。
 大塚アメリカが、ドレイパーを含む共同経営者から、1986年にリッジを購入することを決めたのは、大塚明彦氏だ。当時は日本の大塚製薬の社長だった。昨年11月、77歳で亡くなった大塚ホールディングス会長である。日本でもワイン造りに挑戦していた愛好家だった。ドレイパーは、会った瞬間から友人になったそうだ。きっかけは、モンテベロとシャトー・マルゴー1970のブラインド・テイスティング。モンテベロが世界の舞台に登場する前年のワインを、大塚氏が当てたことで、ポールが信用したとの逸話がある。
 ドレイパーは「我々が世界最上級のワインを造る試みを見届け、関わりたいとありのままに語ってくれた。品質に関する熱心さと、最上級の品質への追及に対する理解があった」と語っているが、大塚氏は経営に口出ししなかった。買収しても何も変えず、従業員も交替させなかった。CEO兼チーフ・ワインメーカーのドレイパーは、その信頼に、品質の向上で答えた。デカンターのマン・オブ・イヤーを受賞した時は、報酬が倍増されたという。大塚氏は年に一度はリッジに訪れ、ドレイパーとワインを飲むのを楽しみにしていた。そのポールも2016年7月引退したが、まだ現場に出ている。
 大企業オーナー のトップダウンのプロジェクトだったが、それは大塚グループにも有形無形の果実をもたらした。資産価値は高まった。欧米に進出する際、リッジのオーナーであるという事実が、様々な形で有利に働いた。国内では、医師の間にリッジ・ブランドの価値が浸透している。インポーターのような営業部隊を持たないため、医療関係者を開拓したからだ。 大塚食品ワイン部の堀江実智子・部長は「社長の部屋には世界地図があり、グループ全体の海外戦略をいつも考えていた。リッジの経営もその一つという意味合いがあった。ワイナリーが成長できたのは、2人の信頼関係が大きかった」と語った。
 オーナー企業という点は、落ちぶれていたラグランジュを蘇らせたサントリーも同じだ。「シャトーラグランジュ物語」(新潮社)によると、買収を決断した要因の一つが、「ボルドーにおけるグランクリュの価値は、ミシュランの3つ星レストランや5つ星のホテルに負けないソーシャル・プレステージを持っている」だった。故・鈴田健二氏は日本色を出さず、現地の伝統に忠実に従って、シャトー再生に取り組んだ。1989年11月のウォール・ストリート・ジャーナル紙は一面で、「フランス人が失敗したシャトーの経営に日本人が成功した。立派な投資家だ」と報じた。
 投資効果はシャトーにとどまらない。DRCの共同経営者オベール・ド・ヴィレーヌはサントリーを「ワイン造りの仲間」と見なし、トップにいた佐治敬三を友人のように思っていたという。ドメーヌ・バロン・ド・ロートシルトとも共同プロジェクトを展開している。鈴田氏は「巨額の投資と二世代にわたる改革の必要なシャトーが買えたのは、オーナー企業だったから」と本音を語っていた。80年代に植えた樹が、今育っている。ワイン造りは、資金や企業規模ではなく、人に行き着く。
 DRCと並んでブルゴーニュの頂点に立つルロワ。高島屋との関係は、メゾン物の輸入を始めた1972年にさかのぼる。88年と92年の2度にわたり、巨額な出資を行った。88年に買収したヴォーヌ・ロマネのシャルル・ノエラの12ヘクタールは、6500万フランだった。当時は驚かれたが、現在のグラン・クリュの1ヘクタールと大差がない。今となっては安い買い物だった。巨額の投資が、88年に興したドメーヌ・ルロワの基礎を作った。ラルー・ビーズが率いるルロワ家、ラルーの姉ポーリーヌの流れをくむロック家、高島屋が3分の1ずつ株式を所有する。高島屋はワイン造りに口を出さない。サイレント・パートナーの立場を貫いている。
 ルロワのグラン・クリュは現在、1本20万円を超す。ロマネ・コンティを除いて最も高価なブルゴーニュだが、世界中の愛好家が探し求めている。保有する畑の価値も膨れ上がっている。成功したプロジェクトだ。高島屋バイヤーの鈴木治氏は「ルロワを共同経営するというプレステージは、フランスの新規ブランドを導入する際に、大きな信用になっている」と語る。
 世界的な飲料企業が短期的な見返りを重視して、ワイナリー売買を繰り返す中で、日本企業は謙虚なパートナーとして成功している。長期的な視野を持ち、現場の人材や伝統を尊重した結果だ。日本人は誇りを持っていい。効率重視のグローバルな企業経営だけがすべてではないのだ。

 肩書は当時のまま。

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